136 / 222
XLI 読めない心-I
しおりを挟む
事件が終結して一週間。
街では婦女暴行事件の話題や噂は薄れ、徐々に平穏へと向かいつつあった。
しかし今の私の心は全く平穏では無い。ただただ大切な友人――エルの身を案じながら、息を切らせ街路を駆けていた。
事の発端は、約一時間前に遡る。
今日は重要な仕事の面談が控えているというのに、一向にセドリックは職場に姿を現さず、心配になって自宅まで迎えに行こうかと悩んでいた時だった。
職場へやってきたセドリックは何処か挙動不審で、彼からはとても仕事に手が付かないであろう程の動揺が伝わってきた。それだけであれば、夫婦喧嘩でもしたのかと思う程度だっただろう。
そんな中、あろう事か彼は、私が自分用にと用意していた砂糖とミルクをたっぷり入れた紅茶をその場で飲み干してしまったのだ。
彼は、仮に薬だったとしても、断固として甘い物は口にしない人間だ。なのに、明らかに私の物だと見て分かるものを飲み干す姿を見て、これは只事では無いと察した。流石の彼もその甘さには顔を歪めていたが、それよりも動揺の方が勝っていたのだろう。紅茶の感想は特に述べられる事は無く、ティーカップをガチャンとソーサーに叩き付けた。
ホール内を意味無く歩き回り、かとおもったら突如足を止めてソファの背凭れに手を突いて項垂れるセドリック。そんな彼に一体何があったのかと尋ねると、重々しい声音で彼が「エルが倒れた」と言った。
その言葉には、流石の私も動揺した。家を出る前には無事目を覚まし、会話が出来る位には落ち着いたと彼は言ったが、ただの風邪だと片付けるには明らかに、ここ数日で体調を崩した回数が多すぎる。
それはセドリックも気にしていた事の様で、手短ではありながらも会話を交わした結果、私がエルを診療所へ連れて行くという話に至った。
そういった経緯で、私は今こうして彼等の住家へと向かっている。
漸く辿り着いた家の前。膝に手を突いて呼吸を整えながら、預かってきたキーリングをポケットから取り出す。
鍵を鍵穴に差し込んだ瞬間、ふと扉に付けられたドアノッカーが目に付いた。事件を起こす前、セドリックにエルの様子を見てくる様に頼まれた時はノックをする事無く開けてしまったが、本来であれば幾ら幼馴染と言えど他人の家だ。開く前にノックをするのがマナーというものである。
しかし、そんな事をしたらエルの身体に障るだろうか。体調を崩した時は特に、些細な音でも耳に付く。
そんな事を暫し考えた末、控えめに形だけのノックをして手早く扉を解錠した。
ゆっくりと扉を開き、中を覗き込む。
「エルちゃん大丈夫? セディから話は聞いてるよ」
リビングの向こう側。玄関からも見えるベッドに視線を向けると、遠目で見ても分かる程に顔色を悪くさせたエルが横たわっていた。
「ええ、心配かけてしまってごめんなさい」
弱々しく微笑んだ彼女が、ベッドから身体を起こす。そんな彼女に慌てて駆け寄り、その細い身体を支えた。
「顔、真っ青だよ。本当に大丈夫? 歩ける?」
今の彼女を見る限り、決して“大丈夫”などでは無いだろう。もう少し別の言葉を掛ければ良かったと後悔するも、彼女がか細い声で「大丈夫」と漏らし、ベッドから腰を上げた。
「とりあえず、診療所行こうか。先生に診てもらおう?」
私の問いにエルが小さく頷き、覚束ない足取りの彼女を支えながら家を出る。
街では婦女暴行事件の話題や噂は薄れ、徐々に平穏へと向かいつつあった。
しかし今の私の心は全く平穏では無い。ただただ大切な友人――エルの身を案じながら、息を切らせ街路を駆けていた。
事の発端は、約一時間前に遡る。
今日は重要な仕事の面談が控えているというのに、一向にセドリックは職場に姿を現さず、心配になって自宅まで迎えに行こうかと悩んでいた時だった。
職場へやってきたセドリックは何処か挙動不審で、彼からはとても仕事に手が付かないであろう程の動揺が伝わってきた。それだけであれば、夫婦喧嘩でもしたのかと思う程度だっただろう。
そんな中、あろう事か彼は、私が自分用にと用意していた砂糖とミルクをたっぷり入れた紅茶をその場で飲み干してしまったのだ。
彼は、仮に薬だったとしても、断固として甘い物は口にしない人間だ。なのに、明らかに私の物だと見て分かるものを飲み干す姿を見て、これは只事では無いと察した。流石の彼もその甘さには顔を歪めていたが、それよりも動揺の方が勝っていたのだろう。紅茶の感想は特に述べられる事は無く、ティーカップをガチャンとソーサーに叩き付けた。
ホール内を意味無く歩き回り、かとおもったら突如足を止めてソファの背凭れに手を突いて項垂れるセドリック。そんな彼に一体何があったのかと尋ねると、重々しい声音で彼が「エルが倒れた」と言った。
その言葉には、流石の私も動揺した。家を出る前には無事目を覚まし、会話が出来る位には落ち着いたと彼は言ったが、ただの風邪だと片付けるには明らかに、ここ数日で体調を崩した回数が多すぎる。
それはセドリックも気にしていた事の様で、手短ではありながらも会話を交わした結果、私がエルを診療所へ連れて行くという話に至った。
そういった経緯で、私は今こうして彼等の住家へと向かっている。
漸く辿り着いた家の前。膝に手を突いて呼吸を整えながら、預かってきたキーリングをポケットから取り出す。
鍵を鍵穴に差し込んだ瞬間、ふと扉に付けられたドアノッカーが目に付いた。事件を起こす前、セドリックにエルの様子を見てくる様に頼まれた時はノックをする事無く開けてしまったが、本来であれば幾ら幼馴染と言えど他人の家だ。開く前にノックをするのがマナーというものである。
しかし、そんな事をしたらエルの身体に障るだろうか。体調を崩した時は特に、些細な音でも耳に付く。
そんな事を暫し考えた末、控えめに形だけのノックをして手早く扉を解錠した。
ゆっくりと扉を開き、中を覗き込む。
「エルちゃん大丈夫? セディから話は聞いてるよ」
リビングの向こう側。玄関からも見えるベッドに視線を向けると、遠目で見ても分かる程に顔色を悪くさせたエルが横たわっていた。
「ええ、心配かけてしまってごめんなさい」
弱々しく微笑んだ彼女が、ベッドから身体を起こす。そんな彼女に慌てて駆け寄り、その細い身体を支えた。
「顔、真っ青だよ。本当に大丈夫? 歩ける?」
今の彼女を見る限り、決して“大丈夫”などでは無いだろう。もう少し別の言葉を掛ければ良かったと後悔するも、彼女がか細い声で「大丈夫」と漏らし、ベッドから腰を上げた。
「とりあえず、診療所行こうか。先生に診てもらおう?」
私の問いにエルが小さく頷き、覚束ない足取りの彼女を支えながら家を出る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる