137 / 222
XLI 読めない心-II
しおりを挟む
「倒れた」と聞いた時点で只事では無いのは分かりきっていたのだが、これは想像以上だった。心の何処かで、前回の様に眠って良くなったのではないかと、体調も想像している程悪くないのではないかと思っていたが、生憎そうはならなかった様だ。
本当に唯の風邪などで済めば良いのだが、流行病や感染症、臓器を蝕む病であったら困ってしまう。
まだ治療法がある病であれば、セドリックや私は街の人間よりも金銭的に余裕がある為治してやる事は出来るかもしれないが、不治のものであれば厄介だ。大切な友人であり、妹も同然である彼女をそんな形で喪いたくない。それに、考えたくはない事ではあるがエルを喪った後のセドリックも心配である。彼の事だ、エルの後を追って自ら命を絶ってしまう可能性も充分にあり得る。いや、寧ろ彼がエルの居ない世界で1人で生きていく事の方が想像出来ない。
どうか、彼女の身に大きな病がありませんように。今は、そう願う他無かった。
家の戸締りを終えエルに視線を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。空は相変わらずの曇りだ。見渡してみても何も無く、強いて言うのならば枯れた木の枝に野鳥が数羽留まっている事位だった。
一体何を見つめているのだろうと疑問に思い、「どうかした?」とエルに問い掛ける。しかし、彼女は憂いを帯びた顔で「なんでもない」と短く返答するだけでそれ以上何も言う事は無かった。
彼女の身体を支えながら街を歩く事十数分。遠目に、長らく訪れていなかった診療所が見えてきた。
そこでふと、マクファーデンから受け取った本の存在を思い出す。あの本は現在、職場の書斎に置き去りにされていて、ここ2日程読む事を怠っていた。
「――あ、あのさ」
あくまで、エルの付き添いだ。本を読んで居なくとも、診療所に入る事は許されるだろう。
しかし医者であるマクファーデンは、私が唯一特別な感情を抱いた男。久々に彼の顔を見る事に緊張感を抱いているのか、まともな対応が出来るとはとても思えなかった。
それに、エルにはまだマクファーデンへの気持ちを悟られたくはない。話したくないという訳では決して無いが、話すならばちゃんと心の準備というものをしてから、2人だけの時に伝えるのがベストだ。
「――私、外で待ってても良いかな」
ドアノブに手を掛けたまま此方に顔を向けたエルが、小さく首を傾げる。
「どうして? 何かあるの?」
「あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」
「得意じゃ、無い?」
彼女の問い掛けに、こくりと頷く。
“得意じゃない”という言葉に、嘘は無い筈だ。確かに私は、マクファーデンに特別な感情を抱いている。だがそれと同時に、彼の事が得意では無い。それは他でも無く、彼の感情だけが読めないからだ。
しかし、何故だか嘘をついている様な気がしてしまい酷く罪悪感を抱いた。
「構わないけれど、怖い人なの?」
「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」
「――そう……」
今現在、私はどんな顔をしていただろうか。私の顔を見た彼女が、くすりと小さく笑った。
「じゃあ、行ってくるわね」
彼女がドアノブを捻り、診療所へ入っていく。カラリと耳に心地良く届くドアベルの音に懐かしさを感じながら、1人外壁に凭れ掛かった。
「――おや、見ない顔ですね。診察ですか?」
診療所の中から微かに聞こえてきた、マクファーデンの声。その声はややハスキーで、少年を連想させるものだ。どきりと、鼓動が跳ね上がる。
それは、私がずっと聞きたかった声。
本当は、顔が見たかった。エルの付き添いと理由を付けて、彼に会いたかった。
けれど、今日だけは“本を読んでいないから”という会わない理由があって良かったと心の何処かで思っていた。
鼓動は早鐘を打ち、鳴りやむ気配が無い。彼の声を聴いて感極まってしまったのか、瞳には零れそうな程の涙が浮かぶ。
声を聴いただけで“これ”だ。
きっと彼に会ったら、エルの事も放り出して彼に泣き付いてしまうだろう。
そんな姿、幾らエルだとしても見せたくはなかった。
◇ ◇ ◇
本当に唯の風邪などで済めば良いのだが、流行病や感染症、臓器を蝕む病であったら困ってしまう。
まだ治療法がある病であれば、セドリックや私は街の人間よりも金銭的に余裕がある為治してやる事は出来るかもしれないが、不治のものであれば厄介だ。大切な友人であり、妹も同然である彼女をそんな形で喪いたくない。それに、考えたくはない事ではあるがエルを喪った後のセドリックも心配である。彼の事だ、エルの後を追って自ら命を絶ってしまう可能性も充分にあり得る。いや、寧ろ彼がエルの居ない世界で1人で生きていく事の方が想像出来ない。
どうか、彼女の身に大きな病がありませんように。今は、そう願う他無かった。
家の戸締りを終えエルに視線を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。空は相変わらずの曇りだ。見渡してみても何も無く、強いて言うのならば枯れた木の枝に野鳥が数羽留まっている事位だった。
一体何を見つめているのだろうと疑問に思い、「どうかした?」とエルに問い掛ける。しかし、彼女は憂いを帯びた顔で「なんでもない」と短く返答するだけでそれ以上何も言う事は無かった。
彼女の身体を支えながら街を歩く事十数分。遠目に、長らく訪れていなかった診療所が見えてきた。
そこでふと、マクファーデンから受け取った本の存在を思い出す。あの本は現在、職場の書斎に置き去りにされていて、ここ2日程読む事を怠っていた。
「――あ、あのさ」
あくまで、エルの付き添いだ。本を読んで居なくとも、診療所に入る事は許されるだろう。
しかし医者であるマクファーデンは、私が唯一特別な感情を抱いた男。久々に彼の顔を見る事に緊張感を抱いているのか、まともな対応が出来るとはとても思えなかった。
それに、エルにはまだマクファーデンへの気持ちを悟られたくはない。話したくないという訳では決して無いが、話すならばちゃんと心の準備というものをしてから、2人だけの時に伝えるのがベストだ。
「――私、外で待ってても良いかな」
ドアノブに手を掛けたまま此方に顔を向けたエルが、小さく首を傾げる。
「どうして? 何かあるの?」
「あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」
「得意じゃ、無い?」
彼女の問い掛けに、こくりと頷く。
“得意じゃない”という言葉に、嘘は無い筈だ。確かに私は、マクファーデンに特別な感情を抱いている。だがそれと同時に、彼の事が得意では無い。それは他でも無く、彼の感情だけが読めないからだ。
しかし、何故だか嘘をついている様な気がしてしまい酷く罪悪感を抱いた。
「構わないけれど、怖い人なの?」
「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」
「――そう……」
今現在、私はどんな顔をしていただろうか。私の顔を見た彼女が、くすりと小さく笑った。
「じゃあ、行ってくるわね」
彼女がドアノブを捻り、診療所へ入っていく。カラリと耳に心地良く届くドアベルの音に懐かしさを感じながら、1人外壁に凭れ掛かった。
「――おや、見ない顔ですね。診察ですか?」
診療所の中から微かに聞こえてきた、マクファーデンの声。その声はややハスキーで、少年を連想させるものだ。どきりと、鼓動が跳ね上がる。
それは、私がずっと聞きたかった声。
本当は、顔が見たかった。エルの付き添いと理由を付けて、彼に会いたかった。
けれど、今日だけは“本を読んでいないから”という会わない理由があって良かったと心の何処かで思っていた。
鼓動は早鐘を打ち、鳴りやむ気配が無い。彼の声を聴いて感極まってしまったのか、瞳には零れそうな程の涙が浮かぶ。
声を聴いただけで“これ”だ。
きっと彼に会ったら、エルの事も放り出して彼に泣き付いてしまうだろう。
そんな姿、幾らエルだとしても見せたくはなかった。
◇ ◇ ◇
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる