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XLV 病気-I
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「荷物、持ってきましたけど」
マクファーデンの居る診療所。陽が落ちぽつぽつと街灯が灯り始める18時半。
何故だか素直に愛想を良くする事が出来ず、むっと顔のままドサリとトランクケースをテーブルに置いた。
「素直に言う事を聞くとは、偉いですね」
彼が頬を緩め、ぽん、と頭に手を置く。しかし、その行為が嬉しい筈なのになんだか癪に障り、頭に乗った手を振り払った。パシ、と乾いた音が診療所に響く。
「随分とご機嫌斜めですね。僕何かしました?」
「何かした訳じゃ、ないけど。てか別に機嫌悪くないし」
「とても機嫌が悪く見えるのですが」
「気の所為じゃん?」
彼から顔を逸らし、居心地の悪さを誤魔化す様にトランクケースの表面を意味無く撫でる。
彼とは、一晩を共にした。そして、色々な話を聞き彼の想い人が私だという事も分かった。更には、正式に同棲まで決まった。
彼を愛している私にとって、何も不都合な事は無い。寧ろ、全てが好都合だ。
しかし、何故だろうか。彼の行動1つ1つが癪に障り、無性に苛々としてくる。
「なんでそんなに睨むんですか」
いつの間にか彼を見つめる視線が鋭くなっていた様で、彼が不服そうに眉間に皺を寄せた。
「別に睨んでないし」
「物凄く機嫌悪いじゃないですか。本当に、僕何したんですか?」
「だから何もしてないって! それに機嫌悪くないって言ってんじゃん!」
苛立ちに任せ彼の肩を力いっぱい殴ると、彼が「女心は難しいですね……」と嘆いた。
――そんな時。
カーテンの向こう側で、普段はカラリと優しい音を奏でるドアベルが、殴りつけた様に激しく鳴り響いた。誰かが力強く診療所の扉を開けた事が窺えるが、急患だろうか。
「患者ですね」
しかし、彼は慌てる様子など一切無く一言そう呟き、カーテンとは真逆の位置に置かれている戸棚へと足を向けた。
戸を開いた彼が棚から取り出したのは、掌に収まる程の小瓶。それだけを手に持ち、彼が足早にカーテンの向こう側へと去っていく。
普段なら、必ず患者の容態を確認してから治療をするというのに、彼にしては珍しい行動だ。予約でもしていたのだろうか。しかし、予約をしていたのならあれ程力強く扉を開ける必要は無いだろう。
好奇心からそっと忍び足でカーテンに近寄り、隙間から扉の方を覗いた。
「――!」
今の感情を表すとしたら、戦慄、という言葉が適切だろうか。
毛先に向かって赤み掛かったブロンド髪に、カーディナルレッドの瞳。遠目で見ても分かる、私の実の母親である。
彼女から暴行を受けたのは、3日から4日程前だ。まさか、こんなにも早くマクファーデンに接触してくるとは思わなかった。
今此処で出て行って、あの女を止めるべきだろうか。しかし、あの女と口論になる姿は何があっても彼には見せたくない。
そこで、もっとも肝心な事を思い出す。彼は、あの女がこの診療所へ入って来た時迷わず戸棚から薬品を取り出した。それに、顔も見ずに彼は「患者ですね」と言った。
まさか、あの女はマクファーデンの患者だったのだろうか。だからあの女は私に、マクファーデンの女だ、なんて言ったのだろうか。
だが、少々様子が変だ。あの女にしては珍しい――いや、見た事が無いと言った方が良いだろうか。その顔には不安や恐怖を滲ませていて、マクファーデンに泣き付いている様だった。
「――助けてくれ、先生。あんたなら、治せるんだろう?」
「――大丈夫ですよ、落ち着いて。薬ならありますから」
優しく微笑みかけ、あの女を診察室へ連れて行く彼に妙な不信感を抱く。
マクファーデンの居る診療所。陽が落ちぽつぽつと街灯が灯り始める18時半。
何故だか素直に愛想を良くする事が出来ず、むっと顔のままドサリとトランクケースをテーブルに置いた。
「素直に言う事を聞くとは、偉いですね」
彼が頬を緩め、ぽん、と頭に手を置く。しかし、その行為が嬉しい筈なのになんだか癪に障り、頭に乗った手を振り払った。パシ、と乾いた音が診療所に響く。
「随分とご機嫌斜めですね。僕何かしました?」
「何かした訳じゃ、ないけど。てか別に機嫌悪くないし」
「とても機嫌が悪く見えるのですが」
「気の所為じゃん?」
彼から顔を逸らし、居心地の悪さを誤魔化す様にトランクケースの表面を意味無く撫でる。
彼とは、一晩を共にした。そして、色々な話を聞き彼の想い人が私だという事も分かった。更には、正式に同棲まで決まった。
彼を愛している私にとって、何も不都合な事は無い。寧ろ、全てが好都合だ。
しかし、何故だろうか。彼の行動1つ1つが癪に障り、無性に苛々としてくる。
「なんでそんなに睨むんですか」
いつの間にか彼を見つめる視線が鋭くなっていた様で、彼が不服そうに眉間に皺を寄せた。
「別に睨んでないし」
「物凄く機嫌悪いじゃないですか。本当に、僕何したんですか?」
「だから何もしてないって! それに機嫌悪くないって言ってんじゃん!」
苛立ちに任せ彼の肩を力いっぱい殴ると、彼が「女心は難しいですね……」と嘆いた。
――そんな時。
カーテンの向こう側で、普段はカラリと優しい音を奏でるドアベルが、殴りつけた様に激しく鳴り響いた。誰かが力強く診療所の扉を開けた事が窺えるが、急患だろうか。
「患者ですね」
しかし、彼は慌てる様子など一切無く一言そう呟き、カーテンとは真逆の位置に置かれている戸棚へと足を向けた。
戸を開いた彼が棚から取り出したのは、掌に収まる程の小瓶。それだけを手に持ち、彼が足早にカーテンの向こう側へと去っていく。
普段なら、必ず患者の容態を確認してから治療をするというのに、彼にしては珍しい行動だ。予約でもしていたのだろうか。しかし、予約をしていたのならあれ程力強く扉を開ける必要は無いだろう。
好奇心からそっと忍び足でカーテンに近寄り、隙間から扉の方を覗いた。
「――!」
今の感情を表すとしたら、戦慄、という言葉が適切だろうか。
毛先に向かって赤み掛かったブロンド髪に、カーディナルレッドの瞳。遠目で見ても分かる、私の実の母親である。
彼女から暴行を受けたのは、3日から4日程前だ。まさか、こんなにも早くマクファーデンに接触してくるとは思わなかった。
今此処で出て行って、あの女を止めるべきだろうか。しかし、あの女と口論になる姿は何があっても彼には見せたくない。
そこで、もっとも肝心な事を思い出す。彼は、あの女がこの診療所へ入って来た時迷わず戸棚から薬品を取り出した。それに、顔も見ずに彼は「患者ですね」と言った。
まさか、あの女はマクファーデンの患者だったのだろうか。だからあの女は私に、マクファーデンの女だ、なんて言ったのだろうか。
だが、少々様子が変だ。あの女にしては珍しい――いや、見た事が無いと言った方が良いだろうか。その顔には不安や恐怖を滲ませていて、マクファーデンに泣き付いている様だった。
「――助けてくれ、先生。あんたなら、治せるんだろう?」
「――大丈夫ですよ、落ち着いて。薬ならありますから」
優しく微笑みかけ、あの女を診察室へ連れて行く彼に妙な不信感を抱く。
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