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L 愛の言葉-I
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「――ねぇ、先生」
陽が落ち、暗い街を街灯が照らす20時半。仕事を終え診療所へと戻って来た私は、カーテンの奥の定位置であるテーブルについて足をぶらつかせていた。
頭にあるのは、日中のエルの言葉。
“もし彼の愛情が全て偽りだったなら、私は間違いなく死を選ぶでしょう”
私はその言葉を聞いて、深く納得した。それと同時に、不安や恐怖も消え去った。
では逆に、マクファーデンだったらどうだろうか。もし仮に、私の愛が嘘偽りだったなら。彼は、どんな行動を取るだろうか。
「先生を好き、って言葉が、全部嘘だったらどうする?」
まるで、鎌を掛ける様な言葉だ。後に咎められても、おかしくは無いだろう。
しかしそれでも、彼が何を考えているのか、彼がどう思うのか疑問が湧き立ち、抑える事が出来なかった。
「――嘘、なんですか?」
デスクに向かって、いつも通りカルテを書いていた彼の手がぴたりと止まる。
「――嘘、かもね」
静かにそう返答すると、彼がぽつりと、まるで独り言を漏らす様に「何故、そんな嘘を」と嘆いた。
「意味なんて無いよ。唯の気まぐれ。先生、顔が良かったし、先生の“好き”に付き合っても良いかな、なんて思って――」
ガタリ、と彼が私の言葉を遮る様に勢いよく椅子から立ち上がる。その拍子に椅子が傾き、ゆらゆらと揺り籠の様に揺れた後、大きな音を立てて床に倒れた。
「信じられませんね、嘘だなんて。貴女の性格上、好きでも無い男に簡単に抱かれるとは思えない。その好きが嘘なら、何故僕の傍を離れなかったんですか? 何故、僕に黙って抱かれていたんですか?」
彼がゆらりと此方に身体を向け、私に近寄る。思わず逃げる様に椅子から立ち上がると、彼が逃すまいと私の両肩を強く掴んだ。
「信じられない。分かっているんです、貴女が僕を愛しているのは。どうせ誰かに入れ知恵をされて、僕の愛が本物かどうか試しているのでしょう」
流石は、長い期間私を見てきた医者だ。彼の言葉は限りなく正解に近く、言い訳が出来ない。
しかし、肩を掴む手が彼の心の不安を物語っていた。
「そんなに知りたければ教えてあげますよ。僕がどれ程貴女を愛しているか」
震えた、か細い彼の声。それと相反する、手の強さ。
思い切り肩を突き飛ばされ、バランスを崩しその場に尻餅をついた。痛みに顔を歪めるが、彼はそんなのお構いなしに再び肩を掴み、床に私の背を叩き付ける。
――選択を、誤った。
そう気付いた頃には、もう全てが遅かった。彼の表情は歪み、不安や恐怖、焦燥感が滲んでいる。
私が余計な事を言ってしまった所為だ。どうすれば、何を言えば、彼の誤解は解けるのか。
今迄なら、相手の心の内を読んで解決してきた。しかしマクファーデンにそれは通用しない。このままでは、彼は私を殺し兼ねない。そんな事になる前に、どうにか彼を宥めなければ。
そう思った時、カーテンの向こう側からドアベルの音が鳴った。
「――エドワード先生、いらっしゃいませんの?」
鼻につく、女の媚びた声。恐らく、患者では無くマクファーデン目当ての女だ。今迄にも、診察を必要としない女が彼に会いに来た事が何度かあった。
眉目秀麗で、腕の良い医者だ。これ程物件の良い男など、街の女が放っておかないだろう。本当なら、彼に会わせたくはない。しかし、今だけはその女の訪問が好都合に思えた。
「……先生、患者さん来たよ。行ってあげなきゃ」
彼の肩を叩き、静かにそう告げる。しかし、彼は私の顔をぼんやりと見つめたまま動かない。
「――エドワード先生」
カーテンの向こう側で、女がマクファーデンを探しているのだろう。コツコツとヒールの音が診療所内に響いている。
「……先生」
女の訪問を好都合だ、と一度は思ったが、考えてみればこれは私が撒いた種だ。彼を女の元へ遣った所で、何も解決はしない。
彼の首に手を回し、ぐっと力を籠め引き寄せた。
陽が落ち、暗い街を街灯が照らす20時半。仕事を終え診療所へと戻って来た私は、カーテンの奥の定位置であるテーブルについて足をぶらつかせていた。
頭にあるのは、日中のエルの言葉。
“もし彼の愛情が全て偽りだったなら、私は間違いなく死を選ぶでしょう”
私はその言葉を聞いて、深く納得した。それと同時に、不安や恐怖も消え去った。
では逆に、マクファーデンだったらどうだろうか。もし仮に、私の愛が嘘偽りだったなら。彼は、どんな行動を取るだろうか。
「先生を好き、って言葉が、全部嘘だったらどうする?」
まるで、鎌を掛ける様な言葉だ。後に咎められても、おかしくは無いだろう。
しかしそれでも、彼が何を考えているのか、彼がどう思うのか疑問が湧き立ち、抑える事が出来なかった。
「――嘘、なんですか?」
デスクに向かって、いつも通りカルテを書いていた彼の手がぴたりと止まる。
「――嘘、かもね」
静かにそう返答すると、彼がぽつりと、まるで独り言を漏らす様に「何故、そんな嘘を」と嘆いた。
「意味なんて無いよ。唯の気まぐれ。先生、顔が良かったし、先生の“好き”に付き合っても良いかな、なんて思って――」
ガタリ、と彼が私の言葉を遮る様に勢いよく椅子から立ち上がる。その拍子に椅子が傾き、ゆらゆらと揺り籠の様に揺れた後、大きな音を立てて床に倒れた。
「信じられませんね、嘘だなんて。貴女の性格上、好きでも無い男に簡単に抱かれるとは思えない。その好きが嘘なら、何故僕の傍を離れなかったんですか? 何故、僕に黙って抱かれていたんですか?」
彼がゆらりと此方に身体を向け、私に近寄る。思わず逃げる様に椅子から立ち上がると、彼が逃すまいと私の両肩を強く掴んだ。
「信じられない。分かっているんです、貴女が僕を愛しているのは。どうせ誰かに入れ知恵をされて、僕の愛が本物かどうか試しているのでしょう」
流石は、長い期間私を見てきた医者だ。彼の言葉は限りなく正解に近く、言い訳が出来ない。
しかし、肩を掴む手が彼の心の不安を物語っていた。
「そんなに知りたければ教えてあげますよ。僕がどれ程貴女を愛しているか」
震えた、か細い彼の声。それと相反する、手の強さ。
思い切り肩を突き飛ばされ、バランスを崩しその場に尻餅をついた。痛みに顔を歪めるが、彼はそんなのお構いなしに再び肩を掴み、床に私の背を叩き付ける。
――選択を、誤った。
そう気付いた頃には、もう全てが遅かった。彼の表情は歪み、不安や恐怖、焦燥感が滲んでいる。
私が余計な事を言ってしまった所為だ。どうすれば、何を言えば、彼の誤解は解けるのか。
今迄なら、相手の心の内を読んで解決してきた。しかしマクファーデンにそれは通用しない。このままでは、彼は私を殺し兼ねない。そんな事になる前に、どうにか彼を宥めなければ。
そう思った時、カーテンの向こう側からドアベルの音が鳴った。
「――エドワード先生、いらっしゃいませんの?」
鼻につく、女の媚びた声。恐らく、患者では無くマクファーデン目当ての女だ。今迄にも、診察を必要としない女が彼に会いに来た事が何度かあった。
眉目秀麗で、腕の良い医者だ。これ程物件の良い男など、街の女が放っておかないだろう。本当なら、彼に会わせたくはない。しかし、今だけはその女の訪問が好都合に思えた。
「……先生、患者さん来たよ。行ってあげなきゃ」
彼の肩を叩き、静かにそう告げる。しかし、彼は私の顔をぼんやりと見つめたまま動かない。
「――エドワード先生」
カーテンの向こう側で、女がマクファーデンを探しているのだろう。コツコツとヒールの音が診療所内に響いている。
「……先生」
女の訪問を好都合だ、と一度は思ったが、考えてみればこれは私が撒いた種だ。彼を女の元へ遣った所で、何も解決はしない。
彼の首に手を回し、ぐっと力を籠め引き寄せた。
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