DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
175 / 222

LI 首輪-II

しおりを挟む
「僕が良いという迄目を開けては駄目ですよ」

「……分かってるよ」

 がさがさと紙袋を漁る音がした後、彼の手が私の首筋に触れる。驚きと僅かな擽ったさに思わず目を開けてしまいそうになるが、先程の彼の言葉を思い出しきゅっと目元に力を籠めた。
 するりと、首に巻き付けられた帯状の何か。チョーカーか何かだろうか。しかし、チョーカーにしてはやや細く、更には重みもある素材だ。不思議な感触である。
 そして突如、ひんやりとした物がデコルテに触れた。瞳を開かなくとも分かる、宝石やガラスなどでは無い、金属の冷たさ。

「もういい?」

 催促する様に彼に問い掛けると、彼が「どうぞ」と静かに告げた。
 ゆっくりと瞳を開いた先、目に入ったのは優しい微笑みを浮べたマクファーデンの顔。その表情にどきりと鼓動が高鳴るのを感じながらも、首元に指先を触れさせた。

「……? なに、これ」

 表面はややつるつるとしていて、首の中心辺りに金属製の何かがぶら下がっている。
 その金属を指先でなぞっているうちに段々と形が分かり、背筋が凍る様な嫌な予感が沸き上がった。

「――まさか……」

 ベッドから勢い良く立ち上がり、彼を押し退け脱衣所へ駆け込む。そして、洗面台の壁に設置されたくすんだ鏡を覗き込んだ。

「これって……」

 首に付いていたのは、ダークブラウンの革に、オフホワイトの糸で丁寧に縫われ仕上げられた紛れもない“首輪”だった。そして中心に、首輪を留める様に小指程の大きさの南京錠パドロックが付けられている。
 その首輪を一周指で辿ってみるが、当然金具は付いていない。つまり、中心の南京錠を解錠しない限りこの首輪は外せないという事だ。

「良くお似合いですよ」

 脱衣所の扉に凭れ掛かって此方を見つめる彼が、私の首に嵌められた首輪を見て微笑む。

「ま、待って、これってペット用だよね。動物用の首輪でしょ?」

「確かに首輪は家畜やペットなどの動物に付けるものですが、それは動物用では無く歴とした人間用です」

「人間用? どういう事? 人間に首輪付けるなんて聞いた事無いけど」

 彼の行動やこの首輪の意味が理解出来ず、やや怒り口調で彼を問い詰める。しかし、彼は穏やかな口調で言葉を続けた。

「おや、御存知無いですか? マゾヒストやサディストの為の店がある事」

「……な、なにそれ」

「勿論、表立って経営はしていませんよ。看板すら出ていない、ただの民家の様な店です。しかし、そこにはこの世のマゾヒストやサディストの為に作られた玩具が山ほど売られているんです。行ってみたいですか?」

「いや……」

 彼の言葉に絶句しつつも、拒絶を示そうと首を横に振る。

「主な玩具と言えば、手錠を模った拘束具や麻縄、局部の空いた衣服等……ですが、首輪もその一つです。家に閉じ込めておける足枷もあったのですが、貴女には仕事があるでしょう。現実的では無かったので、首輪にしました」

「ちょ、ちょっと待って、言ってる意味が分からない」

「忘れましたか? 僕が前に言った事。『僕は貴女を飼い慣らしたい』『僕だけに心を開き、僕だけの猫になって僕に従順になる貴女を想像すると、苦しくなる程にそそられる』と。その時、僕は貴女に問うた筈です。『そんな僕は異常でしょうか?』と」

 態々思い出そうとしなくとも、あの晩のことは鮮明に記憶に残っている。故に、私が彼のその問いに答えられなかった事も当然覚えていた。

「貴女は僕を“異常”だと言わなかった。それは、飼い慣らされる事への肯定と捉えられるのでは無いですか?」

「そんな……」

「否定したって、今更ですよ。それに僕は言いましたよね。貴女が僕に嘘を吐いた晩、『そんなに知りたければ教えてあげますよ。僕がどれ程貴女を愛しているか』って。これが僕の愛です」

 彼が徐に私の首に手を伸ばし、首輪に指を引っ掛けぐいと引き寄せた。その拍子にバランスを崩し、彼の方へと倒れ込む。しかし、首輪を引っ張られている為彼と顔を合わせたままだ。妙な感覚を抱きながらも、皮膚に食い込む首輪に痛みを感じ彼の手を咄嗟に掴んだ。

「大丈夫ですよ。他の人間と過度にスキンシップを取らず、服をきちんと着ていれば首輪の存在は隠せます。他者に気付かれる心配もないでしょう」

「そういう、問題じゃ……」

「そういう問題じゃないなら、どういう問題なんですか? 元はと言えば貴女があんな嘘をついたからこうなったんですよ。恨むなら過去の自分を恨んでくださいね」

 穏やかな口調と表情に一致しないその辛辣な言葉選びに、底知れぬ恐怖を感じ背筋に冷や汗が伝った。

「僕は貴女に“天使”なんて言葉は使いたくありませんが、美しさで言えば天使と大差ないですね。“猫の飼育”というのも良いですが、“天使の飼育”という言葉を使うと背徳感があって愉悦を覚えます」

「……ほんと、狂ってんね」

「どうとでも言って貰って構いませんよ。僕をこうも狂わせたのは他でもない貴女ですから」

 楽し気な彼とは裏腹に、私は彼の精神状態に一抹の不安を抱く。
 彼を狂わせてしまったのは、彼の言う通り私なのかもしれない。私がもっと素直に行動をしていれば、彼も此処までの暴挙に出る事は無かったのかもしれない。
 しかし、何故だろうか。彼が私に執着をし、暴挙に出れば出る程私の心は安らいでいく。
 狂っているのは私も同じだ。この首輪は彼と繋がって居る証拠だ、なんて心の何処かでは思っている。
 言葉にし難い妙な感情を胸に抱きながら、どちらからともなく唇を合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...