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LIV 招かれざる客-IV
しおりを挟む「――あれ……?」
客室の扉が、僅かに開いている。
普段無人の時は、換気や掃除の為と扉を開けている事が偶にあるのだが、私は先程確かに扉を閉めた筈だ。それが何を意味しているかというと、言わずもがな女性が勝手に客室を出てしまったという事だ。
トレーをホールのテーブルに置き、慌てて客室へと駆け寄る。
「失礼します!」
中に女性が居ない事を分かっていながらも念の為と声を掛け、客室の扉を勢いよく開く。
「――……」
果せる哉、女性は客室の中には居なかった。ただあるのは、テーブルの上に置かれた書類とペンだけ。
女性が客室を出て、この屋敷の中を歩き回っている、なんて事は考えづらい。しかしこの屋敷には、他人に見られてはいけない物が数多くある為、それだけはしっかりと確認しておかなくてはならない。
客室を出て、玄関の方へと駆ける。そして扉をそっと開き、雑草で荒れ果てたアプローチを駆け抜け大きく開かれた門扉から街路を見遣った。
女性が此処へ来た時にはあった筈の馬車が、何処にも見当たらない。――つまりは、あの女性は黙ってこの屋敷を去ってしまった、という事になる。
客室が開いた音も、玄関が開いた音も全く気が付かなかった。まさか女性が居なくなってしまうだなんて思ってもいなかった為、キッチンの外にまで意識を向けていなかったのだ。
玄関扉を閉め、客室に戻りながら先程の女性の事を考える。
あの女性は、一体何をしに此処へ来たのだろうか。子供が欲しくて此処に来たのは確かなのだろうが、わざわざ使用人まで連れて出向いたというのにものの数分で、更には黙って帰ってしまうなんて不可解だ。
深く溜息を吐き、客室のソファに身を投げる様にして腰を掛けた。
「ん……?」
女性に渡した紙に、何やら文字が書かれているのが見える。てっきり白紙のままだと思っていたが、どうやら彼女は途中までは書類に情報を記入していた様だ。好奇心半分、気味悪さ半分の気持ちで、その書類を手に取る。
書かれているのは、女性の名前だけだ。住所や要望は空欄のままである。
特別その女性に興味がある訳では無かったのだが、貴族であれば名を見ただけでどこの人間かが分かるかもしれない。セドリックに伝える為にも、名前位は把握しておくべきだろう、なんて思いながら書かれている名前に目を走らせた。
“Charlotte Ainsworth《シャーロット・エインズワース》”
記憶にはっきりと残っている、その姓。
忘れるわけがない。エインズワース家は、紛れもなくエルが育った家だ。エルは確かに、エインズワース家の令嬢だった。
鋭い刃で背筋をなぞられる様な、身の危険を感じる程の戦慄が駆け上る。
思い返してみれば、あの女性は何処かエルに似ていた様にも思える。瞳の色こそ違うものの、髪色や緩くカールした髪は確かにエルと同じだった。
どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。警戒心が緩んでいる証拠だ。昔なら、きっと直ぐに気付いた筈なのに。
心臓は早鐘を打ち、手が僅かに震える。きゅっと手に力を籠めると、持っていた書類に僅かに皺がよった。
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