DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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VII 鳥籠の外-III

 バルコニーに居た時の私は、とにかく必死だった。彼ともっと一緒に居たいという思いだけで、ただ後先考えずに彼を引き止めた。“貴方と生きたい”と訴えた。
 だが、それはつまり彼を危険に晒すという事。この世の中は、貴族の言う事は絶対。警察ですら、貴族の言葉に翻弄されてしまう世の中だ。

 それに、私が不安に思っているのはそれだけでは無い。此処に辿り着くまでは然程深く考えていなかったが、これからは彼の自宅で、彼と1つ屋根の下で暮らす事になる。それも、私がかつて暮らしていた屋敷の様な大きな家でなく、何処に居ても気配を感じる程の近さで。

 彼のテリトリーに私が入るという事を、彼は問題ないと本当に思っているのだろうか。

「――家が小せぇって言ってんのか」

 家の扉をゆっくり開きながら、彼がぽつりと返答する。
 
 ――まさか、その様に受け取られるとは思わなかった。
 会話において相手への配慮は必要不可欠だと散々レッスンで教わったというのに。配慮に欠けた発言をしてしまった事に酷い罪悪感を抱きながら、慌てて「そう言う事では無くて」と否定の言葉を口にする。

 その瞬間、彼の顔に僅かに浮かんだ優しい笑み。
 驚く程早く顔を背けられてしまった所為でその笑顔はもう見えないが、確かに彼は笑っていた。

「問題があるなら、最初から此処に連れてきたりなんかしてねぇよ」

 大きく開かれた扉の前、笑顔だった筈の顔には無表情が戻ってしまっている。だが代わりに、彼の大きな手が私の頭をくしゃりと撫でた。その拍子に結った髪が崩れ、はらりと数本毛束が落ちる。

 ――心臓が、止まるかと思った。
 安堵感と共に自身を満たす高揚。彼の触れた場所が熱を帯び、それが火傷してしまいそうな程熱くて、でも嬉しくて、くらくらと眩暈がする。

 彼の手が、するりと髪から頬へと滑り落ちた。頬を撫でる彼の指先は優しく、私の瞳を深く見つめる彼の瞳は熱を孕んでいる。それが堪らなく愛おしくて、その熱を孕んだ瞳を深く見つめ返した。
 
 こんな事をされてしまっては、期待してしまう。彼も、私と同じ様に思っていると。私と、同じ気持ちだと。

「…受け入れてくれて、嬉しいわ」

 だからわざと、こんな鎌を掛ける様な事をしてしまうのだろう。
 自身の顔にふにゃりと浮かんだだらしない笑みを隠さず、私の頬に触れる彼の掌に自らの手を重ねる。そしてその温かい手に頬擦りをし、ただただ甘い熱を深く味わう。

 彼の掌から伝わる心音。それが僅かに早くなったのを感じ取り、彼も私と同じ気持ちなのでは無いかと期待が膨らむ。
 やはり、私にとって彼は特別な人だ。こう触れているだけで、世界がどうでも良くなってしまう程幸福感で満たされる。そして、先程迄ぐるぐると廻り続けていた不安が嘘の様に解けていくのを感じた。

 彼に抱いたこの気持ちは何?
 安心感?それとも信頼? 
 でもそれは、モーリスにも感じていた物だ。彼はモーリスとは違う。
 では、この感情は――?

 その考えを遮る様に、ぱっと彼の手が私の頬から離れた。
 
「…今日はもう、遅いから。早く中に入れ」

 ぎこちない動き。僅かに赤くなった彼の頬。その姿にどきりと鼓動が跳ね上がるが、直ぐさま小さな異変に気付く。
 それは、一般的に見れば気の所為か、もしくは気付かない位の僅かなものだ。だが私の瞳には、その異変がはっきりと映っていた。

 何かを睨む様な鋭い瞳。そこに映っているのは、憎悪にも悲しみにも似た不思議な感情。
 扉の前に立ったままの彼は相変わらず表情が読めないが、心做しかその顔色は悪く見えた。

 私の行動で、何か嫌な事でも思い出させてしまったのだろうか。
 不安が募り、彼の顔を覗き込む。

「――セドリック?」

 囁き掛ける様に彼の名を呼ぶと、驚いた様にその肩が小さく揺れた。そして心ここに有らずといった顔を此方に向け、私と視線を交わらせる。
 その瞳には、もう先程の様な感情は見えない。だが、動揺しているのは確かな様だった。

「…なんでも、ない」

 私から逃げる様に顔を背けた彼が、先程とは打って変わった弱々しい声を漏らした。その声音に、彼にも人に言えない何かがあるのだろうと瞬時に悟る。

 彼の過去を、詮索するつもりは無い。知りたくないと言えば嘘になるが、私だって、出来る事なら屋敷での生活は彼に知られたくない。
 彼の人柄を見るに、きっと彼は自身の過去を安易に人に話す方では無いだろう。それに、誰しも人には言えない様な過去くらいあるものだ。それを武勇伝の様に語る人も多いが、隠そうとするのが普通であろう。
 もし私が屋敷での生活を話したいと思う日が来たら、彼も、自身の過去を私に話したいと思う日が来れば。知るのはその時でいいと今は思った。

 彼がおもむろに私の背に触れ、大きく開いた扉の中へと押し込んだ。部屋の主よりも先に足を踏み入れてしまった事に罪悪感を抱きながらも、無意識的に部屋を見渡す。

 必要最低限の物しか置かれていない部屋の中。きっと、この様な部屋を“殺風景”というのだろう。物語の中でよく見かける言葉で、正直どの様なものかあまり想像が出来ていなかったが、この部屋の内装を見て妙に納得してしまった。
 男性の1人暮らしともなれば、この様な内装が当たり前なのだろう。だが、その内装の所為か私のドレスの派手さが目立ってしまい、恥ずかしく思う程に居心地の悪い空間が生み出される。
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