DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XVI 私を救う貴方の声-IV

 人混みを縫って、家路を進んでいく。彼は1度も振り返ること無く、歩く速度を落とす事も無い。
 そんな彼に合わせていると、次第に呼吸も乱れてくる。家周辺の見知った道に戻って来た頃には、額に汗が滲む程疲れ切っていた。
 人気ひとけの無い道で漸く足を止めた彼が、するりと私の腕から手を離す。

「――セ、セドリック……」

 息を切らせながら、感情の読めないその背に向かって名を呼ぶ。
 ライリーと話した時、彼はとても不安げな顔をしていた。そして有ろう事か、彼は「危険に晒すつもりは無かった」などと言って謝罪の言葉を口にした。
 もしや、今回も彼を心配させてしまったのだろうか。不安な思いを、させてしまったのだろうか。

「あ、あの……」

 どう彼に謝ればいいのか、ぐるぐると思考を回しながら言い淀む。
 すると彼が、ゆらりと身体を此方に向けた。長い前髪でその顔は隠れてしまっているが、浮かんでいるのはいつも通りの無表情だという事が分かる。
 そう、思ったのも束の間――

「お前、なんでちゃんと付いて来なかったんだよ!」

 周囲に響いた、彼の怒声。
 彼は常に静かで、声を荒げる事は滅多に無い人だ。自由奔放なマーシャの相手をした時ですら、彼からは多少の苛立ちを感じたものの、然程普段と変わらなかった。
 ――なのに。
 今の彼からは、深い、心の底からの怒りの感情が伝わってくる。

「今自分に置かれた状況分かってんのか、屋敷の人間に見つかったら、お前も俺も終わりなんだぞ!」

 彼の言葉に、何故だかふと、父の顔が浮かんだ。使用人を叱責をする父の顔、怒声、罵倒する言葉。
 父とセドリックは違う。私が悪いのは分かってる。だがどうしてもその声に父が重なってしまい、止まった筈の涙が再び溢れた。

「……あ、貴方の後ろ、ちゃんと付いて行っていたわよ」

 ――迷惑かけて、ごめんなさい。
 そう言う筈が、口から出たのは真逆の言葉。

「でも、でも、貴方が私を置いて、先に行ってしまったんじゃない」

 ボロボロと零れる涙も、彼を責める言葉も、止まらない。
 彼の瞳が見れず、自身の涙に濡れた顔も見せられず、両手で顔を覆った。叱られて言い訳をする、子供の様に。

 彼は今、どんな顔をしているのだろう。こんな私に、呆れているだろうか。自分が悪い癖に人の所為にばかりして、やっぱり我儘な貴族令嬢なんだと、思われてしまっただろうか。
 それも当然だ。私がセドリックだったとしたら、こんな女絶対に嫌だ。
 我儘で、自身の立場も理解出来ず、危険に巻き込まれても尚人の所為にする。呆れて物も言えないだろう。

 だが彼は、何も言う事無くただ先程と同じ様に私の腕を掴んだ。その行動の意図が分からず、思わず顔を上げ彼に視線を送る。

「怒るつもりは、無かったんだ……。その、悪かったよ」

 彼の顔に浮かんでいるのは、動揺にも似た困惑の表情。
 先程とは違う、緩やかな動作で私の腕を引き、彼の胸元へと手繰り寄せられる。

 キースを前にした時は、何も考えられなかった。だが、今ならわかる。
 私は、拘束されたくない訳でも、自由を失いたくない訳でも無い。
 ただ、セドリックと離れたくないだけだ。

 彼への気持ちの名前はまだ、分からないまま。だがそれでも、彼の体温も、手の強さも、優しさも、全て失いたくは無かった。
 それこそ、彼を失う位なら死んでも良いと思える程に。

「……ごめんなさい」

 ぎこちなくも彼の背に腕を回し、先程言えなかった言葉を口にする。
 彼はそれには何も答えず、ただ私を抱く腕に力を籠めた。
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