DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XVIII 嵐の夜-I




 窓ガラスを強く叩く豪雨に、家が揺れていると錯覚する程の暴風。
 悪天候という言葉では言い表せない程の天気に、1人恐怖心を抱いているのは6月の上旬、日も暮れ始める18時頃の事だった。
 ロンドンは天気が不安定な街であり、悪天候は珍しく無い。9月頃になると天候も荒れやすくなり、嵐が頻繁に起こる様になる。
 だが今は6月。嵐が起こるには早すぎる時期だ。
 次第に強まっていく雨風に不安心を煽られながらも、セドリックの帰りを待ちながら窓から外を眺めていた。

 触れさせた掌から感じる、ガラスの振動。こうしてロンドンを包む分厚い雲を眺めていると、ふと“あの日”の事を思い出す。
 それは、今日の様に季節外れの嵐が訪れた、幼少期の事。
 忘れもしない、恐怖の記憶。


 ――確か、あの日も今日と同じく日が暮れ始める、18時頃だった。
 する事が無く退屈で、雷雲を伴う暴風雨を窓から眺めながら1人屋敷の探索を行っていた。
 まだ幼かった当時の私は好奇心旺盛で、両親やモーリスの言う事もあまり聞かなかった事を覚えている。
 その所為だろうか。好奇心と僅かな悪戯心で、やっと背丈が伸びドアノブに手が届く様になったのを良い事に、入ってはいけないと言われていた父の仕事部屋に近付いてしまった。

 強い雨風に、遠くで聞こえる雷鳴。
 いくら父が冷酷でも、こんな嵐の日に娘が怖がっていたら共に過ごしてくれるだろう。なんて安易な考えを抱いてしまったのは、私がまだ幼かったからだろうか。
 父の仕事部屋の前。足が攣りそうになりながら、高い位置にあるドアノブに手を伸ばし必死に背伸びをした。大好きだった父に会いたくて、父にもっと私を見て欲しくて。
 そして漸く手の届いたドアノブ。開いた扉に安堵し、隙間から部屋の中を覗き込んだ。

 きっと、その時すぐに引き返していれば、私にこれ程大きなトラウマを残す事は無かったのだろう。
 酷く散らかった仕事部屋。そこで目にしたのは、衣服を乱れ嬌声を上げる1人の使用人と、彼女とまぐわう父の姿。
 父はその時、私の存在に気付いて居なかった。父の瞳は使用人に向いていて、そして使用人の瞳も父に向いたままだった。
 今の私なら、その行為が何を意味しているのかは分かる。だが、やっとドアノブに手が届く程の年齢だった私には、2人が何をしているかなど知る由も無かった。

『――おとうさま、』

 部屋の中に一歩足を踏み入れ、父に声を掛ける。それが、間違っているとも知らずに。

『なにをしているの?』

 投げかけたその問いに、返ってきたのはただ鋭い視線のみ。
 私の声に驚いた使用人は、慌ただしく身形を整え部屋を出て行った。そして、部屋に残された私と父。
 
 父は、いつも通りの笑顔を私に向けた。だが、父の笑顔は何処か怖くて、その瞬間自分は選択を誤ってしまった事を悟った。

『――部屋に入ってはいけないと、言ったはずだよ』

 笑顔のままそう告げた父は、身形を整えるなり私の腕を乱暴に引っ張った。

 外は雨。耳をも劈く大きな雷鳴。強い風に、揺れる窓。
 怖かったのは父か、それとも天候か。
 足が縺れて転んでも、父は御構い無しに私を引き摺る。笑顔を顔に浮かべたまま、前だけを見据えて。
 
 その後、何処に連れて行かれたのかはよく覚えていない。気が付けば何処か知らない部屋に居て、父は『此処で暫く反省しなさい』と言って私を小さなチェストの中に閉じ込めた。
 真っ暗なチェストの中は狭くて、怖くて、私は小さな手で必死に扉を叩いた。『ごめんなさい』そう何度も言いながら、手に血が滲むまで、何度も何度も。

 それから、どれ程チェストの中に居たのだろうか。
 私を助け出してくれたのは、息を切らせ額に汗を滲ませたモーリスで、私の姿を見るや否や彼は私を強く抱きしめてくれた。
 後に聞いた話だが、当時モーリスは私の姿が見えない事を疑問に思い、1人屋敷中を駆けずり回って探してくれていたらしい。
 手に滲んだ血でシャツが汚れてしまうのも気にせず、モーリスは憔悴しきった私を暫く抱きしめていてくれていた。その温かさはとても安心できる物で、枯れてしまった筈の涙も再び溢れだし、私は赤ん坊の様にモーリスに縋って激しく泣いた。

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