73 / 215
XXI 私と重なるその姿-VI
「あのねぇエルちゃん、この国には、路頭に迷った人間なんて山程居るんだよ」
「……それは、分かっているわ。でも、どうしても放っておけなくて」
「だからってこうして拾ってきて、一体どうするつもりだ。エルちゃんも分かってると思うけど、うちにはその子を食わせる金は無いよ」
ライリーの言葉に言い負け、きつく口を結ぶ。
やはり、ライリーの名前を軽率に出すべきでは無かった。背後の女性を救いたいが為に、迂闊な行動を取ってしまったのは私の責任だ。
今更背後の彼女に「やっぱり駄目だった」なんて言う訳にはいかない。私も一緒に様々な店を回り、彼女と共に働き口を探す他無いのだろうか。
そんな事を考えていると、ぽん、と徐にライリーの手が頭に乗せられた。
「――と言っても、エルちゃんの気持ちは良く分かるよ。私も、昔はよく子供を拾ってきては親に怒られたもんさ」
「ライリーさんも?」
「あぁ。それに、こうして人を拾ってくるのはエルちゃんだけじゃない。誰だって、困ってる人を見つけりゃ力になってやりたいと思うものだよ」
ライリーの言葉が、じわりと胸に沁みる。
貴族社会では、“誰かの力になる”なんてものは無かった。全ては私欲の為であり、いかに他者を蹴落とすかしか考えていない、まるで地獄の様な場所だった。
彼女のその言葉こそが、私が本当に探し求めていたものだ。思わず涙が溢れだしそうになるのをぐっと堪え、小さく頷く。
「ほら、その背中に隠した子こっちに渡しな」
私の頭を一頻り撫でた後、ライリーが私の背を覗き込んだ。
「ふむ、随分と顔が整った娘だね。それに、スタイルも良い様だ。あんた、今迄どんな仕事してきたんだい」
「…娼婦」
「なら話は早いね。近くに、ここらで一番大きい酒場がある。その店の女達の中には、2階で客を取ってる子も居てね。あんた位の子だったら、あの店でも雇ってくれるだろう。仕事を覚えるのは大変だろうけど、生きていたいならそこで頑張んな」
ライリーの言葉に、女性がコクリと頷く。
どうやら、事なきを得た様だ。私の身勝手な判断を、叱責しながらも受け入れてくれたライリーには感謝してもしきれない。
「じゃあエルちゃん、この子は私が預かるから。今回だけだからね、もう拾ってくんじゃないよ!」
「はい、お願いします」
ライリーに深々と頭を下げ、呆れた様に笑う彼女に微笑みを返した。
当初の予定より、大分遅くなってしまった。そろそろ家に帰らないと、セドリックが帰宅する時間に間に合わなくなってしまう。
女性と会話を交わすライリーにぺこりと再び頭を下げ、足早に帰路へ着いた。
「――待って!」
突如背後から呼び止められ、家路を急ぐ足を止める。
振り返ると、先程の女性が何か言いたげな顔をして此方を見つめていた。
「いつかお礼したいから、名前教えて」
お礼。
彼女の言葉を心の中で何度も繰り返し、ゆっくりとそれを理解する。
私の行動は、彼女の為になったのだろうか。生きる事を諦めていた彼女を無理矢理連れてきてしまったが、彼女にとってはあのまま死を迎えた方が幸せだったのではないか。そんな思考が、頭を巡る。
だが直ぐに、“あの晩”の記憶が蘇った。
私が死を望んだ時、それは本当に心からの願いだったか。そうせざるを得なかったから、私は死を願ったのではなかったか。
今の彼女も、本当に心から死を願っていた訳では無かったのだろう。あの日の私の様に、そうせざるを得なかったから死を迎える決断をしただけだ。
私がセドリックと出逢い、今こうして生きている様に。彼女も素敵な人に恵まれ、そして生きる場所が見つかりますように。
そんな願いを込めて、“あの人”から貰った大切な名前を口にした。
あなたにおすすめの小説
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
冷酷公爵と呼ばれる彼は、幼なじみの前でだけ笑う
由香
恋愛
“冷酷”“無慈悲”“氷の貴公子”――そう恐れられる公爵アレクシスには、誰も知らない秘密がある。
それは、幼なじみのリリアーナの前でだけ、優しく笑うこと。
貴族社会の頂点に立つ彼と、身分の低い彼女。
決して交わらないはずの二人なのに、彼は彼女を守り、触れ、独占しようとする。
「俺が笑うのは、お前の前だけだ」
無自覚な彼女と、執着を隠しきれない彼。
やがてその歪な関係は周囲を巻き込み、彼の“冷酷”と呼ばれる理由、そして彼女への想いの深さが暴かれていく――
これは、氷のような男が、たった一人にだけ溺れる物語。
秘められた薫り
La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位
55位を獲得した作品です。
「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。
欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。
クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。
指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。
完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。
夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。
一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。
守るべき家庭と、抗えない本能。
二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。
欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。