DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XXV きっと幸せな夢-IV





 こうして抱き合って、どの位時間が経っただろうか。お互いの心音を感じながら落ち着きを取り戻し、ゆっくりと身体を離す。

「――エル」

 私と額を合わせ、彼が優しく名前を呼んだ。
 
「前に、お前が変な男に絡まれた時、俺がお前を“妻”って呼んだ事を覚えてるか」

 囁くような、穏やかな声。その声が心地良く、心酔しながらも小さく頷く。
 あの日の事は、今でも忘れる事は無い。彼が私を、キースから救ってくれた。その時の安心感は、鮮明に思い出す事が出来る。

「俺は、あの言葉を事実にしても良いと思ってる」

「……えっ……?」

「交際……というのか。所謂、男女の関係だ。それを吹っ飛ばして妻にしようなんて、考えが突飛だとは自分でも思うがな」

 額を合わせたまま、彼が小さく笑った。

「だが、抑々そもそも俺達の関係は普通じゃないだろ」

「……普通?」

「お前は屋敷から抜け出した身で、今は俺と同じ家で暮らしてる。それはきっと、これから先も続く筈だ」

 彼の言葉に、静かに頷く。

「…だから俺は、今までの“同居人”って関係を“恋人”に変えるより……“夫婦”に変えたいって、思ってる」

 泣いた後だからか、それとも夢の様な話だからか、何処かぼうっとする様な不思議な浮遊感に包まれる。
 鼓動は相変わらず早鐘を打ち、手や足は震えているのに、そんな中でも思考はやけに冷静で、彼の言葉ははっきりと理解していた。

 なんと返答すればいいのか、どう伝えれば私の気持ちは彼に伝わるのか。頭を悩ませながらも、彼と視線を交わらせる。

「……私も、“恋人”より……“夫婦”になりたい」

 捻りだした言葉は、なんともシンプルな物。

「……私で、良いのなら。貴方に相応しい、妻になれるのなら」

 私の言葉を聞いて、彼が柔らかく口元を緩めた。両手で私の頬を優しく包み込む。

「当たり前だ。お前以外に居ない」

 頬を包む手が、するりとうなじに回った。甘く囁く彼の唇が、ゆっくりと近づく。
 その瞬間、“あの日”の事を思い出した。灯りの消えた暗闇で、暴風雨の音が部屋を満たしたあの晩の事。
 トラウマに震える私に、彼は「俺がずっと傍にいるから」と言ってくれた。彼の言葉が本当なら、あの時には既に私を愛してくれていたという事だ。つまり、その言葉に嘘は無かった。

 彼と一歩距離を詰め、それを受け入れる様に自身も彼の頬に手を触れさせる。
 此処には、あの日の様に私達を邪魔する物は無い。それに、もう口付けを躊躇う必要も無かった。

 触れさせた掌に伝わる、普段より熱い彼の体温。少しだけ、早い鼓動。
 瞳を閉じた先、微かな吐息が混ざり合う。

 控えめに触れた、柔らかい感触。まるで触れる事を願っていたかの様に、しっとりと心地の良い唇は蜜が溶け合う様に深く重なる。
 酷い緊張で、心臓が破裂してしまいそうだ。上手く呼吸が出来ず、頭がくらくらとしてくる。
 だが、それでもずっと欲していた物に漸く触れられた幸福感から、更にその唇を求める様に手を肩へ滑らせ、そのまま彼の首に腕を回した。

 僅かに口を開き、彼の唇を食む。その際に感じた、微かな唾液の味。その中に混じる、煙草の苦み。しかしそれは決して不快な物では無く、何故だかとても愛おしく思えた。

 時間にすると、数秒程。永遠にも感じられた口付けは、名残惜しくも終わりを迎える。
 唇が離れ、乱れた呼吸を整えながら彼と視線を交わらせた。
 彼の瞳は、何か言いたげに私を見つめる。だが何か言葉が発せられる事は無く、彼の名を呼ぼうとした私の唇は再び彼の唇で塞がれた。

 彼が今日、何故こんな森奥の廃れた教会を選んだのかは分からない。
 だが、彼から貰ったペンダントも、言葉も、キスも。この場所で貰う事に、何か特別な理由があったと信じていた。

 ――美しいステンドグラスの光に照らされた、十字架の元で。
 神に誓うは、穢れ無き彼への永遠の愛。
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