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XXVI 夢の続き-III
私と彼が倒れた先は、幸か不幸かベッドの上だった。
幸い互いに怪我は無かったものの、これでは私が彼をベッドに押し倒したのだと思われてしまう。現に、彼にはそう誤解をされている様だった。
慌てて身体を起こし、自身の下敷きになった彼に視線を落とす。
「ご、ごめんなさい、その、転んでしまって」
「……大義名分か?」
「ち、ちがっ……」
否定の言葉を口にするも、彼は今の状況を楽しんでいる様だ。私の言葉を、真剣に聞く気は無いらしく、転んだ拍子に乱れてしまった私の髪を、彼は口元を緩めながら愛おしそうに撫でている。
「……本当なの、ただ転んでしまって、そういうつもりは……」
「俺は、お前だったらいつでも歓迎だが」
「……あまり、揶揄わないで……」
彼の上から逃れようと、身を捻った。だがすぐさま彼の腕が私の腰に回り、それが妨げられる。
「揶揄っているつもりは無い。それに俺からは手が出せないからな。そっちから来てくれると助かる」
「……手が出せない……?どうして……?」
「どうしてって……お前を、怖がらせたくないからに決まってるだろ」
彼の指先が、するりと私の頬を撫でた。
私の顔を見つめる彼の表情は、何処か切なげだ。その顔を見ていると、胸が締め付けられる様に痛くなる。
「……私、貴方を怖いと思った事なんて一度も無いわ」
彼の瞳を深く見つめ、囁く様に告げた。
言葉通り、彼を怖いと思った事など過去一度も無い。それに、今後もきっと、彼に何をされても怖いと思う事は無いだろう。
現に、こうして彼に触れられているだけで、酔ってしまいそうな程幸せを感じているのだから。
「……強かだな」
彼の一言に、ふふ、と笑みを零す。
「そうかしら」
彼とこうして触れ合う時間は、幾らあっても足りない。
だが、今日はやるべき事がある。それは、私と彼が正式に“夫婦”になる為の手続きだ。
テーブルの上に置かれている、今日彼が持って帰ってきた書類。それは私達が夫婦になる為の、所謂婚姻届けだった。
今日は、その書類を書こうと彼と約束をしていた。その約束を果たすべく、彼の上から身体を起こす。
「……ほら、セドリック。今日は書類、書くんでしょう?」
彼の腕を引き、ベッドから起き上がるよう促す。
「その為に、タルトも焼いたのよ。早くしないと、タルトが冷めてしまうわ」
「……フルーツのタルトなら、冷めたって問題無いだろ」
「焼きたてを貴方に食べて欲しいの。ほら立って」
彼が渋々ベッドから身体を起こし、名残惜しそうに私の腰から腕を外した。
今の彼は、なんだか玩具を取られてしまった子供の様だ。相変わらず表情は読みづらいが、その僅かな変化に気付けるようになった事には嬉しさを感じる。
「そんな顔しないで」
自身から彼に何かを仕掛ける事は、非常に勇気がいる。だが私達は夫婦になるのだから、躊躇う必要はきっと無い筈だ。
彼の両頬を手で包み込み、その女性の様な美しい唇にそっと口付けを落した。
それは教会でしたキスとは違い、ただ唇を重ね合わせただけの軽い物だ。
だが、お互いに触れ合うのとも、見つめ合うのとも違う。唇から伝わる熱は、とても特別な物の様に感じた。
「さぁ、ほら早く。あまりゆっくりしていたら夜になってしまうわ」
顔に上った熱を誤魔化す様に笑い、彼の腕を強く引っ張った。
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