DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XXVIII 小さな劇場前にて-I




 屋敷を出て1年。
 彼と正式な夫婦になって半年が過ぎたが、変わらず夫婦仲は良好だ。それに、マーシャやライリー、その他街の人達との交流も増えている。
 18年も御屋敷暮らしをしてきたというのに、たったの1年でこの街での生活が当たり前になった。屋敷での生活が思い出せない程に、今の生活は充実していて、毎日幸せに溢れている。
 そして、慣れとは恐ろしい物だ。元貴族令嬢だという事が頭の中から消えつつあるのか、最近は人目を気にする事を忘れて必要以上に街を練り歩き、ついこの前など、街に貴族の馬車が通り掛かった際乗っていた人物から訝しげに顔を見られてしまった。その人物は社交界でも有名な貴族の1人。記憶には薄いが、社交界で何度か会話を交わした事のある人物だった筈だ。
 この街に馴染めるのは良い事だが、それでもまだ屋敷を抜け出してから日は浅い。もう少し人目を気にする生活を心掛けなければと、反省しなければならない点は多かった。

 祝日の昼過ぎ。天気が良く、街は多くの人で賑わっている。
 今日は、19歳の誕生日を2日後に控えた私を気遣ってか、セドリックが英国最大とされる高級百貨店へと連れていってくれた。
 そこで気に入ったドレスをプレゼントとして買って貰い、一頻り堪能したのち、現在は2人でのんびりと自宅方面へと向かっている。
 会話は決して多くないものの、組んだ腕から伝わる彼の熱や、歩幅を合わせてくれる感覚など、自宅の中とはまた違って新鮮だった。幸せを噛み締めながら、人混みを縫うように進んでいく。


「――セドリック!」

 突如周囲に響き渡った、高いとも低いとも言えない男性の声。
 聞き覚えのない声だ。彼と共に足を止め、声の方向へと視線を向ける。

「久しぶりだな、10年ぶり位じゃないか?」

 大股で此方に歩み寄り、そして親し気にセドリックの肩に腕を回し掛けたのは40代程の男性。腕を肩に掛けられた事にセドリックの表情が変わらない所を見ると、その男性とは顔見知り以上の関係の様だ。

「――この前会ったばかりだろ」

 セドリックが呆れた様に呟き、その男性の手を軽く振り払った。男性は彼のその様な態度に慣れているのか、「そうだったか?」と言って笑う。セドリックの友人だとは思えない程、気さくでフランクな人だ。
 “10年ぶり”と声を掛けたという事は、かなり古い知り合いなのだろうか。
 2人を眺めながらぼんやり考えていると、その男性とパチリと視線がぶつかった。

「可愛い子だな、セドリックの知り合いか?」

 彼の言葉に、セドリックが眉を顰め口を開く。だが、それを遮る様に彼が「お前が女の子を連れて歩くなんてなぁ」と言って再び笑った。

「俺はジャック・ナイトリーだ。“此処の劇場”の経営をしている」

 簡潔な自己紹介と共に、彼が私に手を差し出す。“劇場”という言葉に彼の背後に視線を向けると、そこには確かに小さな劇場が建っていた。

「――エル・アンドールです」

 怖ず怖ずとその手を握り、彼と同じ様に自身の名を名乗る。
 私の瞳を見つめた彼は、黙ったまま。きっと此方にも、簡潔な自己紹介を求めているのだろう。だが私には、彼の様に伝えられる情報が無かった。なにか仕事をしている訳でも無く、かといって元貴族令嬢だなんて事は口が裂けても言えない。どうする事も出来ず、仕方なしに愛想笑いを浮かべて見せた。
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