DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XXVIII 小さな劇場前にて-III






 彼がチラシに書かれた文字を、呟く様に読み上げる。
 大きな文字に派手なインク。とても目を引くチラシだ。大々的に行うコンサートである事が伺える。

「アリス・ブランシェット……。何処かで聞いた事ある様な名前だな」

「有名な歌姫ね」

 その女性の名前には馴染みがあった。
 理由は実に簡単。私の父が、熱を上げていた歌姫だからだ。

「知ってるのか?」

 彼の問いに、こくりと頷く。
 私がまだ屋敷で暮らしていた頃に、父に無理矢理彼女が出演する公演に連れて行かれた事があった。その公演は、アリスの幼馴染兼有名な舞台女優マリア・ウィルソンの、引退最後の公演だったと記憶している。
 貴族ですらチケットが入手出来ず、劇場の外は出待ちも多く人集りが出来ていたそうだ。そんな公演のチケットを、父はどうやって入手したのかは考えたくもない。
 当時まだ幼かった私は、話の内容こそ理解する事は出来なかったが、彼女達の歌声と演技にはとても魅了された。帰宅後、その公演の素晴らしさを必死に使用人達に話して回っていた事を覚えている。

 当時のアリスは、ロンドンで1番とも呼べる有名な歌姫だった筈だが、今は英国を超え世界を魅了する歌姫にまで上り詰めたらしい。
 そんな彼女が、ジャックの劇場でコンサートを開く。それは確かに大々的に宣伝するべき事だ。
 それに彼女の歌声が聴けるなら、私ももう一度聴きたい。

「世界的歌姫が……なんでこんな小さい街で公演なんか……」

 チラシに視線を落としながら、セドリックがぽつりと呟いた。

「この街は、アリスの故郷なんだ。彼女は、元うちの劇場の住み込みの歌姫でね。彼女にとっても思い出深い場所なんだろう。パリへ発つ前に、1度此処でコンサートを行わせて欲しいと熱心に頼み込まれてしまって」

 セドリックの独り言に、ジャックが少し寂しげに答える。
 そういえば、この前新聞の記事で彼女の名前を見た覚えがある。確かフランス人の演奏家と婚約をしていて、彼女はその婚約者と共にパリの劇場で歌手業を務めるのだとか。ロンドンからパリへ旅立つのは“来月”と曖昧に書き示されていたが、ジャックの口ぶりからするにもう残る時間が少ないのだろう。
 それは、きっとジャックにとってもアリスにとっても寂しい事に違いない。

「もうロンドンに戻ってくる予定は無いらしい。向こうでも忙しくなるだろうから、恐らく旅行にも来れないだろうと。うちの劇場は小さいから、この街の人全員に彼女の歌声を聞かせてやることは出来ないが、それでも、せめてもの最高のステージにしてやりたくてな」

 どれだけの実力を付け、沢山の人達の人気を得ても、アリスが1人の人間である事には変わりない。
 アリスの姿を見たのは随分と昔の事で、もう顔すらも思い出せないが、それでも彼女とジャックには報われて欲しいと思えた。

 だがジャックは、セドリックに宣伝目的でこのチラシを渡した訳では無いのだろう。
 公演日は今から約6日後。確かに公演日は迫っているが、ただの宣伝なら急ぎの用にはならない。

「何故、その話を私達に……?」

 話に割って入る事は、マナー違反だと分かっている。だが中々進まない会話に痺れを切らし、怖ず怖ずと尋ねた。





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