DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

文字の大きさ
107 / 215

XXXI 渦巻く黒-I



 コンサート当日。
 現時刻は17時45分、開演まで残り15分といった所だ。
 圧迫感を抱くホール内の人の多さに、僅かな眩暈を覚える。

 アリスの名は時々新聞でも目にしていたが、街の小さな劇場にこんなにも沢山の人が押し寄せる程だとは思いもしなかった。“世界的歌姫”という言葉の意味を、改めて実感する。
 それは、どうやらジャックも同じだった様だ。先程顔を合わせた際には、嬉しさを抑えきれないといった表情で沢山の苦労話を聞かせてくれた。

 コンサートの入場チケットは、販売を開始した3日前の時点で完売。完売後も、チケットの再販は出来ないのか、立ち見でも構わないから等と沢山の人が押し寄せたらしい。
 そんな中で、チケットを入手出来なかった熱烈なファンの想いを逆手に取り、個人間でチケットの高額取引をする輩も現れたのだとか。

 アリスの人気は凄まじく、ホール会場に入った今もアリスの歌声を期待するファンの声が各席から聞こえてくる。
 その声を聞いている現在の私はというと、自身の身を隠す様にホールの出入り口と壁の間に僅かに出来た空間に潜んでいた。何故こんな場所に居るのかというと、その理由は紛れも無く周囲の人間に私の存在を知られない為だった。

 今日は此処に、ロンドン中から沢山の人が押し寄せている。観客は、階級も年齢も、性別も関係ない。親しい街の人達も居れば、社交界で顔を合わせた事のある貴族だって来ている。当然、そんな人達に私の存在を気付かれれば大事になる事間違いない。

 私が重い病に侵されているという父の話が社交界のどこまで広まっているのかは分からないが、私が元エインズワース家の令嬢だと知っている人物と鉢合わせてしまったら、それこそ一貫の終わりである。夫がピアニストの代理をしているだなんて口が裂けても言える筈が無く、上手い言い訳も思いつきそうには無い。
 だから私は今日、このコンサートで誰とも会ってはいけない。更には、此処に来た事を後々公言する事も出来ない。
 万が一貴族の人間に見られたとして、それが噂になったとしても、街の人達には公演に行ってはいないと言えば私が元エインズワース家の人間だと勘付かれる心配が無くなるからだ。 
 私の存在を貴族に知られてしまう事も勿論問題だが、街の人達に私が元貴族の人間だという事を知られてしまう事も大きな問題だった。街の人達の殆どが貴族に良い印象を抱いておらず、中には上流階級というだけで忌み嫌う人達も多い。きっと私が元貴族の人間だと知ったら、沢山の人達が私から離れて行ってしまう。中には、「騙された」なんて言葉で私を責める人も出てくるかもしれない。良くしてくれる人達にその様な疑いを掛ける事は不本意だが、悲しいかなそれが現実だ。

 だが、それも致し方無いだろう。階級が下というだけで暴言を吐かれ、命がゴミの様に扱われる。
 もし私が生まれた時から彼等と同じ階級だったとしたら、彼等と同じ様に離れていくかもしれない。
 そうならない為にも、私が元貴族だという事は街の人達には知られない様にしなければならないのだ。
 私達は、決して交わる事は無い。同じ人間だというのに、まるで種族が違うかの様に住む世界が違うのだ。
 階級制度は決して無くならない。それこそ、この国が一掃されでもしない限り。
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷酷公爵と呼ばれる彼は、幼なじみの前でだけ笑う

由香
恋愛
“冷酷”“無慈悲”“氷の貴公子”――そう恐れられる公爵アレクシスには、誰も知らない秘密がある。 それは、幼なじみのリリアーナの前でだけ、優しく笑うこと。 貴族社会の頂点に立つ彼と、身分の低い彼女。 決して交わらないはずの二人なのに、彼は彼女を守り、触れ、独占しようとする。 「俺が笑うのは、お前の前だけだ」 無自覚な彼女と、執着を隠しきれない彼。 やがてその歪な関係は周囲を巻き込み、彼の“冷酷”と呼ばれる理由、そして彼女への想いの深さが暴かれていく―― これは、氷のような男が、たった一人にだけ溺れる物語。

秘められた薫り

La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位 55位を獲得した作品です。 「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。 欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。 ​クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。 指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。 ​完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。 夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。 一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。 ​守るべき家庭と、抗えない本能。 二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。 欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。