DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XXXII 逆行再現-IV







「覚えてるか、“あの夜”に俺が言った事」

 その言葉と共に、身体のバランスが崩れベッドに倒れ込む。突然の事に理解が追い付かず、顔に浮かべていた笑みが崩れた。
 そんな私に、更に彼が言葉を続ける。

「俺がその愛想笑いを、見抜けないとでも思ったのか」

 目の前に広がる光景は、天井と私に覆いかぶさった彼の顔。その顔には、彼にしては珍しい程はっきりと悲愴感ひそうかんが滲んでいた。
 そして漸く、私は彼に押し倒されたのだと気付く。

「あの、夜……」

 彼の言葉を、復唱する様に呟く。
 
 ――バルコニーで、彼と出逢ったあの夜。

 思わず愛想笑いを崩し、本心を出してしまった私に彼が掛けた言葉。 
 会話を交わす前、彼を一目見た時から心惹かれていたのは確かだ。だが、誰にも見抜かれた事の無かった愛想笑いを、彼はたった一度で見抜いた。その事実に、私は更に彼に強く惹かれた。
 それも、生まれ育った環境を捨ててしまう程に。

「お前のそんな笑顔を見る位なら、まだ泣かれた方が何倍もマシだ」

 彼の指先が、私の頬を撫でる。

「お前が俺を“他人”だと思ってる様で、不快なんだよ」

「……他人だなんて……思っていないわ」

 寧ろ、他人だと思っているのは彼の方では無いのか。そんな不安が顔に出てしまったのか、彼が少々乱暴に私の顎を掴み、口付けをした。

「お前を不安にさせたくない」

 ゼロに近い距離で、彼が囁く。

「何をして欲しい?」

 彼が次にキスを落としたのは私の頬。

「何処に行きたい?」

 次は、額。

「何が欲しい?」

 彼は私の愛想笑いだけで無く、不安迄見抜いてしまった様だ。まるでご機嫌取りでもするかの様に、甘いキスと言葉を注ぐ。
 そんな彼に不安は溶かされ、胸の中は甘心で満たされていく。

 私が欲しいのは1つだけ。それを彼に伝えようと口を開いた。
 だがそれよりも、彼が先に言葉を漏らす。

「――そんな事言って、不安になってんのは俺の方かもな」

 相変わらず、彼の感情は読みづらい。だが彼も、私と同じ様に不安を抱いている事はその声音から伝わってきた。

「たったの6日間、離れただけでこんなに苦しい」

 拘束する様に、彼が私の両手首を掴みベッドに押し付ける。そして私の首元に顔を埋め、小さな溜息を吐いた。

「ステージからお前の姿が見えなくなった時、気が気じゃなかった。公演を放り出して、お前を探しに行きたかった」

「……セドリック」

「お前の姿が見えなくなるだけで、自分が自分じゃなくなるみたいだ」

 顔を上げた彼の表情は複雑だ。余裕が無いような、何処か焦っている様な、不安を感じている様な。


「――お前を、抱きたい」


 瞳を真っ直ぐに見つめ、甘く囁かれる。
 これ程、包み隠さず伝えられたのは初めてだ。耐え難い羞恥心に顔を背けたい衝動に駆られながらも、切羽詰まっているのは私も同じだと、その瞳を深く見つめ返した。

「……yesイエスかはいで答えろ」

 彼らしいとも、彼らしくないとも言えるその言葉に、思わず吹き出す様に笑みを漏らす。

「私に拒否権は無いのね」

 私の腕を掴む彼の手に、力が籠った。もし此処で私が拒んだとしたら、彼は無理矢理にでも私を犯すつもりなのだろうか。彼なら理性的に行動する様に思えるが、考えてみれば言葉1つで私を屋敷からさらってしまう様な人だ。可能性もゼロだとは言い切れないだろう。
 だが、今はそんな心配をする必要は無い。だって私は、彼を拒む気などさらさら無いのだから。

「私がNoノーとでも言うと思った?」

 意地悪をする様に彼に問い掛けてみれば、彼がきまり悪そうな顔をして「……少し」と呟いた。
 私を押さえつける拘束から逃れ、彼の首元に腕を回す。これは、私達の間での“合意”の合図。そのまま腕に力を籠め、彼を強く引き寄せた。

yesイエス

 私の返答に、伝わる彼の鼓動が速くなったのを感じた。
 だが、その返事だけでは物足りない。彼を欲しているのは、私も同じ。


「――Embrace me.私を抱いて


 彼の耳に自身の唇を触れさせ、注ぎ込む様に甘く囁く。
 いつも、彼が私にしていた様に。


 ――その後の事は、正直よく覚えていない。
 抱いているのか抱かれているのか分からなくなる程、空白だった6日間を埋める様に、お互いの不安を掻き消す様に、ただただ深く求め合った。
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