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XXXV 不思議な問い-III
――彼がもし、人を殺したとしたら。
それは此処に来た当時、何度も考えた事だ。彼の仕事は人の命を奪うもので、彼は殺人者なのでは無いかと。
だが私の心は、揺らぐ事は無かった。それは今も同じだ。
彼が殺人者だろうと、私は彼を愛している。その気持ちは変わる事は無い。
しかし、当時と今では考える事が少し違っていた。
それを誤解無く伝えるべく、頭の中で言葉を選びながら口を開く。
「――止めるか、止めないかの二択であれば、そうね……止めるかもしれない。だって人を殺す事はこの国では犯罪であって、見つかってしまえば法で裁かれる。そうすれば、私と貴方は離れ離れになってしまうわ……」
人を殺せば、階級制度関係無くその人間は“犯罪者”として扱われる。
勿論、“誰を殺すか”にも依ってくる話ではあるが、殺した相手が貴族の人間であれば警察も本腰を入れて捜査する為、長くて1週間程度で犯人の特定がされる。すればその人物は身柄を拘束され、手始めに留置所へ送られる。裁判等が行われるのはその後になるが、少なくても数年は出てこれなくなるだろう。
セドリックと私が、離れ離れになる。触れ合う事も、話をする事も、出来なくなる。それが今の私にとっては何よりも怖かった。
だが、もし仮に離れる事が無いのなら。
証拠を消し、確実に足が付かない方法で殺人を犯すと言うのなら。
私は彼が何人殺めようが、どうだってよかった。
「――でもね、セドリック」
ぱたりと本を閉じ、そっと囁くように言葉を続ける。
「――私は、貴方が人を殺めたとしても、変わらずずっと愛しているわ」
彼の瞳を真っ直ぐに見つめ、ゆっくり、はっきりとその言葉を口にする。
彼の表情は相変わらず変わらない。だが、私のその言葉に僅かに驚いた顔をした様な気がした。
「――悪い、忘れてくれ」
彼の手が、ぽんと私の頭を撫でる。
「――ただ、いけ好かない奴がいるだけなんだ。死んでくれれば後々面倒にならないと思っただけで、本気で殺そうなんて思ってない」
私が深く考え込んでいる様に見えたのか、彼が何処か悲し気に手を滑らせ優しく髪を梳いた。そして軽く私の顎を掬い取り、触れるだけのキスを落とす。
僅かに香るアルコールに、唇から伝わるスコッチの味。その中に混じった、煙草の苦み。
「付き合わせて悪かったな、先に寝てていいって言ったのに」
「……うぅん、いいの。貴方と一緒に眠りたかったから」
本を元あった場所であるナイトテーブルに置き、彼に微笑みかけた。
そして彼と共にベッドへ潜り込み、その温かな腕に抱かれる。
――再び訪れた静寂。暗闇の中で、彼の香りを感じながらふと考える。
私がもし人を殺めたとしたら、彼は変わらず今のまま、私を愛してくれるだろうか。
先程彼は、「本気で殺そうなんて思っていない」と言った。きっと彼は、殺意が湧いてしまう程に苛立つ人物と出逢ってしまったのだろう。マーシャから愚痴を聞いていても、時々彼女の口から人の死を願う様な言葉を聞く事がある。感受性が豊かな人であればある程、殺意が湧く程の苛立ちと言う物は抱きやすいのかもしれない。
――もし仮に、私がそんな人物と出逢ったとしたら?
私は今迄、人に殺意を抱いた事は無い。だが、もし仮に抱くとしたら、どんな人物だろうか。
その答えは、自ずと導き出す事が出来た。
セドリックと私の仲を、引き裂こうとする人物だ。
もしそんな人物に出会ったとしたら、私は真っ先に何をするだろうか。
分かってもらうまで話し合う?それとも、セドリックが私を愛してくれていると信じてその人物の存在を忘れる?
どちらも違う。
花に付いた害虫を駆除する様に、私はその人物を排除する。
短剣を握り、自身の首に突きつけた感触。それはきっと、生涯忘れる事は無い。
その剣先を、自身では無く他者に向けるだけだ。決して難しい事では無い。
「――セドリック、先程の話だけど……」
私の身体を強く抱く彼に、声を掛けてみる。だが返答は無く、既に規則正しい呼吸が繰りされておりこの数秒間で眠りに落ちてしまった事を覚る。
あれ程の量の酒を飲んだ後だ。入眠が早いのも当然だろう。
「――私はね、人を殺す事が悪い事だとは思わないの」
彼の腕の中で、独り言の様に言葉を漏らす。
「私だって、貴方との関係が壊す人が現れたらきっとその人を殺してしまうもの」
彼と共に居られるのなら、それがどんな手段だったとしても厭わない。
私達の仲を引き裂く人が居るとすれば、それはどんな相手であろうときっと私は躊躇なく排除するだろう。
例えマーシャやライリーだったとしても、私の恐怖の対象だった、実の父親だったとしても。
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