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XXXVI 普段と違う朝-IV
しおりを挟む――彼が子供を、望んでいなかったとしたら。
深い闇に落とされた様に、心に濃い影が掛かる。
彼の性格上、子供と接する事が得意だとはとても思えない。それに、父親になる事だって快く受け入れてくれるとは思えなかった。
では、子供は諦めるべきか?
彼が望まないのなら、それも仕方が無い事だ。彼と共に生きていくのなら、妥協しなくてはならない事もきっと多くある。
だが私自身が、それを易々と受け入れる事が出来なかった。宿った命を、殺してしまう事はとても出来ない。
無意識に、母親になる事を望んでいるのだろうか。ただ今は、彼をどう説得すべきかが思考の大半を埋め尽くしていた。
しかしその思考も、脱衣所の扉が開く音で遮られる。
彼の表情は、何処か暗い。昨晩の酒が残り体調が優れないのだろうが、今はそれとはまた違った、何かを深刻に考えている様な顔をしていた。
脱衣所から出てきた彼は一直線にテーブルへと向かい、テーブルの上に置き去りにされていた昨晩の夕刊紙を手に取った。そしてやけに真剣な面持ちで夕刊紙を開き、隅から隅へと目を走らせている。
彼があれ程真剣に新聞を読んでいる事が、過去にあっただろうか。
彼は街の事に無頓着であり、暇潰し感覚で新聞を眺めている事が殆どだ。仮に殺人事件が起こったとしても、顔見知りの人達がトラブルを起こしたとしても、何処か他人事のような顔をしている事が多かった様に思える。
何か、彼の気に障る様な事件でも起こったのだろうか。しかし、彼が特別食いつくような事件であれば私もある程度は把握している筈。どれだけ記憶を辿っても、何も思い当たる物はない。
それよりも今は、体調不良を訴える私に目もくれず、新聞を読み耽っている彼に何だかもやもやと言葉にし難い感情が沸き上がるのを感じた。
そう思ったのも束の間。突如彼が舌打ち交じりに溜息を吐き、夕刊紙を乱暴にテーブルへ叩き付けた。整えたばかりの髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す彼は、随分と機嫌が悪い様だ。
「――セドリック、大丈夫?」
そんな姿を黙ってみている事が出来ず、思わず彼の背に声を掛けた。
私の声に気付いた彼が振り返り、私を見て僅かに表情を崩す。そして乱れた髪を手櫛で整えながら此方に歩み寄り、徐にベッドの隅に腰掛けた。
「昨日から、ずっと怖い顔してる」
彼の眉間に付いた、深い皺。このままでは、その皺が残って消えなくなってしまいそうだ。
それに、最愛の人にはなるべく穏やかな表情で居て貰いたいものである。そんな願いから、布団から手を出し指先で彼の眉間を突いた。
そこで、とある事に気付く。
普段なら、彼はまだ着替えすらしていない時間である。日によっては、まだベッドの中に居てもおかしくはない時間だ。なのに今日の彼は、早々に着替えを済ませ出掛ける支度をしていた。
今日は普段より早く、家を出るのだろうか。
彼が仕事へ行ってしまえば、私はこの家に1人になる。それは普段通りの事であり、日中彼が居ないのは最早当然の事なのに、何故だか急激に寂しさに襲われた。
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