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XXXVII 奇妙な夢-I
――それはとても、奇妙な光景だった。
自身の瞳に映るのは、お屋敷の一室である広い書斎。天井まで届く無数の棚に、圧迫感さえ覚える程びっしりと並べられた無数の書物。ダマスク柄の壁紙によく合うボルドーのカーテン。
見間違えるはずが無い。此処は、確かにエインズワース家の書斎だ。
そして自身が座っているのは、書斎に置かれていたお気に入りのアームチェア。少々古びた見た目をしているが作りはしっかりとしていて、多少力を籠めても壊れそうにない頑丈な椅子だ。
この椅子に座っていると、読書に明け暮れていた日々を思い出す。
『――お嬢様』
ふと遠くから、声が聞こえた。耳に心地よく届く、懐かしい声だ。
『――エルお嬢様、どうなさいましたか?』
その声は徐々に鮮明になっていき、今度は自身の近くではっきりと聞こえた。
『――お嬢様、しっかりしてください』
私の顔を覗き込む人物と、視線が交じり合う。その人物は、私がかつて友人として慕っていた相手。
その顔に、漸く意識がはっきりとする。
「メアリー……?」
白と黒のコントラストが印象的な、皺の無い衣服。美しいブラウンの髪を丁寧に纏め、ブリムで留めた清潔感のあるその姿。
それは最後に見た時から、何も変わっていない。
『先程からずっとお声掛けしているのに、お嬢様ったらずっと宙を見つめたまま動かないから……、心配しましたよ』
彼女が愛らしく笑い、テーブルに積まれていた数冊の本を手に取った。長い間見ていなくとも分かる。その笑顔は紛れも無く、私がずっと見てきたメアリーの物だ。
あの晩彼女をこの屋敷に置いてきてしまった事を、後悔してしまう程の優しい笑み。自身の感情が揺れ、じわりと瞳に涙が滲む。
だが今は、感傷に浸っている場合では無い。
「――メアリー、どうして、此処に居るの?」
何とか口に出した言葉に、彼女が手を止めゆっくりと振り返った。そして怪訝な瞳を私に向ける。
『どうして……とは?私が此処に居るのが、そんなに珍しいですか?』
「――いえ、そ、そうでは無くって……、それよりどうして、私も此処に……?だって私、先程迄ベッドで眠っていた筈なのに……」
『――? お嬢様は先程からずっとその椅子に座っておられましたよ。今日のお嬢様はなんだか変ですね』
彼女がくすくすと笑いながら、棚に書物を1冊1冊丁寧に戻していく。そんなメアリーを眺めながら、立ち上がろうと足に力を籠めた。
だが、まるで自分の足では無いかの様に力が入らず、椅子から立ち上がる事が出来ない。
「――どうして……どうして私、此処に……。先程まで、本当にベッドで眠っていたの、熱を出して、それで……セドリックが……」
『あら、何を仰っているんですか?もしかして、座ったまま眠っていたのかしら。変な夢でも見ていたのでは無いですか?』
「――そんな、筈は……」
此方を見て笑う、メアリーの顔。テーブルやソファ、棚の位置、積まれている新聞さえも、全て変わらない。何もかもがそのままだ。
まるで、私が屋敷から抜け出した事さえ無かった事になっている様な――。
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