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XXXVII 奇妙な夢-II
そこで、はたと気付く。
セドリックやマーシャは、何処へ行ってしまったのだろう。
勿論セドリックが、この屋敷に居る筈が無い。それは確かな事だが、それと同時に、私もこの屋敷に居る筈が無かった。
まさか、メアリーの言う通り全てが夢だったのだろうか。屋敷から抜け出した事も、セドリックやマーシャ、街の人達と過ごした約1年半もの時間も、全て幻だったのだろうか。
「――なんで……そんな……」
どうにかして、この屋敷から再び逃げ出さなければ。そしてセドリックやマーシャを探して、本当に全て夢だったのかを、幻だったのかを、確かめなければ。
そう思い、再び足に力を籠めた。
だが、今度は手首に絡まった“何か”が私を引き止める。それは重くて冷たい、嫌な感触。
一体何が、私の行く手を阻むのか。焦燥感に駆り立てられながらも、自身の右手首に視線を落とした。
「な、なに、これ……」
幾重にも重なる、太い銀のチェーン。それがまるで拘束でもするかの様に、椅子のアームごと自身の右手首にきつく巻き付けられている。
何故、先程までずっと気付かなかったのだろう。どれだけそのチェーンを動かそうとしても、石化した様に動かない。
『――だめですよ、お嬢様』
不意に、メアリーの手が私の右手に重なった。その手はやけに冷たくて、陶器に触れている様だ。それが何よりも気味悪く感じ、吐き気が込み上げる。
『折角また、こうしてお話出来ているのに……』
彼女の顔には、もう先程の笑顔は無い。今はただ、泣き出しそうな程の悲愴感だけが滲んでいた。
「――なに、言っているの……?」
『お嬢様は私のただ1人の大切なお友達。でも貴女は、見ず知らずの男とこの屋敷を去ってしまった。私はお嬢様と、共にこの屋敷を去りたいと思っていたのに、貴女は私を置いて別の人を選んだ』
「そ、それは……」
『でも私、怒っていませんよ。どれだけ苦しくても、どれだけ旦那様から痛めつけられても、貴女がまた此処へ帰ってきてくれると信じていたから』
彼女が声を弾ませ、花が咲いた様に笑う。先程迄の悲愴感はもうどこにも無く、ころころと表情の変わる彼女の瞳は狂気染みた“何か”を孕んでいた。
私は、こんな場所に戻ってきた覚えなど無い。戻ってくるつもりだって無かった。
――これは夢だ。
私の長年の不安が、恐怖が、夢になって表れただけ。そうに決まっている。
だが、彼女が私の思考を遮る様にずいと顔を寄せた。
『夢じゃありませんよ、お嬢様』
触れそうな距離で、囁かれた言葉。それは、私を絶望へ追い遣るには十分な物だった。
『貴女は要らぬ物を身籠ってしまった。知らぬうちに体内で育ったそれは、貴女が大切で、大切で仕方が無かったあの男にとっては“余計な物”だったのです。可哀想なお嬢様。それさえ無ければ、あの男からまだ愛して貰えたのに』
「何を、言っているのメアリー……、私が、身籠っているだなんて……そんなのまだ分からない事で……、でも、セドリックは私を愛してると言ってくれたの、あれは、嘘なんかじゃ……』
口から零れる、支離滅裂な言葉。酷い動悸に、言葉が上手く出てこない。
『お嬢様はまだ、“愛してる”なんて言葉を信じていらっしゃるのですか?旦那様から、奥様から、愛して貰えなかったのに?お二方は、お嬢様に見向きもしなかったのに?』
「――それは、」
『あの男も、お嬢様を愛してなどいなかったのです。都合のいい家政婦が欲しかっただけ。貴女は捨てられたのですよ』
彼女がひらりとスカートを翻し、私から離れる。そして徐に手に取ったのは、壁際に置かれていた木の丸椅子。
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