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XXXIX 狂いそうな愛情-IV
しおりを挟むふと、彼の視線が私の顔から逸れ背後に向いた。それに釣られて振り返り、彼の視線の先に目を遣る。
そこには、完全に頭の中から消え去ってしまっていた赤薔薇が。
「――あの薔薇は?」
彼が問うのとほぼ同時に、街でアルフレッドと名乗る青年と出逢った事を思い出す。
なんと伝えるのが一番適切だろうか。彼をもっと嫉妬させたい、なんて欲が邪魔をして、ついつい意地の悪い言葉を選んでしまう。
「街で、知らない男性がくれたの。とても紳士的で、優しい人」
嫉妬がどれ程苦しい感情かは痛い程分かっている。だが、今日は少女に突き飛ばされたり妙な寂しさや心細さに苛まれたりで散々な1日だった為、今は少しでも彼の愛情を感じていたかった。
「その人ね、貴方の事を知っている様だったの。アルフレッド・ガーランドって名前の人、知ってる?」
「……知らないな、そんな奴」
「あら、そう……。貴方の名前を知っていたからてっきりお知り合いかと思ったのだけど、違ったのね。薔薇を貰ってしまったのだけど、丁度良い花瓶が無くって、どうしましょう」
よれたエプロンの皺を軽く伸ばし、再びキッチンへと身体を向ける。
彼が今どんな表情をしているのかを眺めるのも捨て難いが、また先程の様に抱きしめて、引き止めて欲しかった。そして耳元で、嫉妬を感じさせる言葉でも囁いてくれれば。そうすればきっと、私の心は更に満たされる。
「でも彼、きっと悪い人じゃないわ。今度会ったら食事でもどうかって」
実際、あの青年が良い人か悪い人かどうかなど知らない。だが、少なくても良い印象を抱いていない事は確かだ。仮に青年と再会したとしても、共に食事に行く気などさらさら無い。
しかし、セドリックを嫉妬させるには多少の嘘も必要だと思った。
結婚する前は散々マーシャへの嫉妬で苦しんだのだ。それを理由にして良いとは思っていないが、こうして彼の気持ちを弄ぶ様な事をしてしまうのは少しくらい許して欲しい。
「あぁ、勿論貴方も一緒に――」
だが幾ら嫉妬させたいと思っていても、夫の居る女性が他所の男性と2人きりで食事をするというのは宜しくない。勿論そんな気はない上に、青年にもセドリックも共にと言われている為事実とは異なるのだが、流石に罪悪感が勝り慌てて訂正の言葉を口にする。
しかし、私の言葉は最後まで言い終わる前に止まった。
自身の言葉を止めたのは、彼の暖かな腕でも声でも無い。ブチ、と何かが引き千切られる音。
それは鈍く、やけに耳に残る嫌な音だ。一体何の音かと、振り返り彼に視線を向けた。
はらりと、彼の掌から舞う美しい“赤”。
まるで溢れる鮮血が床を濡らす様に、赤い薔薇の花弁が散る。その様子を見て、瞬時に彼が薔薇の花を引き千切ったのだと覚った。
「――セドリック」
どうしたのかと問う為に、彼の名を呼ぶ。だが私の言葉は、それ以上続く事は無かった。
彼の手が私の両手首を掴み、壁に背ごと叩き付ける。骨が軋む音が聞こえてきそうな程、強い力。硬い壁に叩き付けられた背は、じんじんと響く様に痛んだ。
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