143 / 215
XXXIX 狂いそうな愛情-V
しおりを挟むこんな状況、普通じゃない。彼が私に乱暴をした事等、過去に一度だって無かった。これは明らかに、嫉妬の域を超えた“怒り”である。
だと言うのに、彼の手の強さはメアリーの夢を忘れさせてくれる様で、何処か心地よく感じた。
「――いつまで、その男の話をするつもりだ」
低い、彼の声。私を見つめるその瞳は冷たく、私が想像するより遥か上を行く怒りが籠っている。
少し、悪戯が過ぎてしまったかもしれない。彼を此処迄怒らせるつもりは無かった。
「……ご、ごめんなさい」
彼の視線から逃れるように顔を反らし、ぽつりとそれを口にする。
だが彼はそれを許す事無く、乱暴に私の顎を掴み視線を合わせた。
「――随分とその男を気に入っている様だな」
「ち、ちがっ……」
「違くないだろ。食事の約束までするなんて、そんな事俺が許すとでも思ったのか」
「……彼は、貴方も一緒にって……だから、2人きりじゃ……」
「そういう事を言ってるんじゃない」
力強い彼の声に、びくりと肩が揺れる。
「――その男の事は忘れろ。もう二度と、俺に他の男の話はするな」
彼の指先が、するりと頬をなぞった。そしてもう怒りなど感じさせない程、優しく私にキスを落とす。
「――じゃないと、お前をこの家に閉じ込めておかないといけなくなる」
私に語り掛ける声は、今迄に聞いた事が無い程の甘い猫撫で声だ。その瞳からは怒りが消え、今度は私を甘やかすような優しい眼差しに変わる。
指先は痺れを感じる程に冷えていき、足は立っていられない程に酷く震える。そんな私を支える様に、彼が私の腰に腕を回しそっと抱き寄せた。
「――返事は?」
耳元で囁かれる、低い声。それは何よりも優しい声音だと言うのに、決して拒絶をさせない威圧が籠っていた。
「……は、い」
消え入りそうな声で何とか返答し、震えの止まらないまま彼の腕の中で頷く。
「――いい子だ」
変わらずの甘い声で囁き、彼は満足した様に私の髪を撫でた。そして私から身体を離し、何事も無かったかのように普段と同じ足取りで脱衣所へと消えていく。
そんな彼を尻目に、壁に背を付けたままずるずるとその場に崩れ落ちた。震える身体を両腕で抱き、瞳から涙を零しながら小さく蹲る。
今の私を襲う感情は、恐怖か、嫌悪か、それとも罪悪感か。
どれも、違う。
身も心も震え、涙が止まらなくなってしまう程の甘心だ。
――あぁ、こんなにも満たされた事は過去にあっただろうか。
呼吸は浅く、息が詰まる。なのに口角は上がり、笑みが抑えられない。
このまま果ててしまうのではないかと思う程、身体は甘い熱に支配される。
“嫉妬”。それは私がとても望んでいた物。後ろから抱きしめて、私を引き止めて、もっと不満げな声を漏らして欲しかった。だが、彼は私の望み以上の事をしてくれた。
背に感じた衝撃も、手首に残る痛みも痣も、全て彼の“愛情”である。
愛の無い拘束とは違う。自分を満たすための支配欲なんて汚い物では無い。全ては私への愛が齎した行動。つい暴力に訴えてしまう程、彼はあの青年に嫉妬していた。
嫉妬とは、なんと甘美な感情だろうか。このまま彼の愛に溺れて、壊れてしまいたくなる程に狂おしい。
もっと彼を追い詰めれば、彼は再びその強い愛を私に向けてくれるだろうか。
彼は私に、気を狂わせてくれるだろうか。
――そういえば。
現在ロンドンで起こっている連続婦女暴行事件。彼はその事件を、特別気に掛けている様だった。
私がもし、例の事件に巻き込まれたとしたら、彼は一体どうなってしまうのだろうか。
気を狂わせてでも尚、今まで通り私を愛してくれるか。
それとも犯人である男をその手で殺めるか。
もしくは、私と共に命を絶つか。
――もっと、もっと、苦しんで。私に尽くして。壊れる位、深く愛して。
彼の代わりなど存在しない。彼じゃなきゃいけない。
もし彼が苦しみに耐えきれず私から逃げようとしたとしても、絶対に逃がさない。
だって、この家に閉じ込めてしまいたい程に愛しているのは、彼では無く私の方なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
ソウシソウアイ?
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。
その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。
拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、
諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる