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XLI 天罰-III
首元を圧迫される様な、首を絞められている様な、酷い息苦しさに息を吐く。まるで、首を吊ったあの娘に憑り付かれてしまった様だ。呼吸が浅くなる程の息苦しさに、視界が歪むのを感じた。
早く帰って、眠ってしまおう。彼が帰ってくるまでまだだいぶ時間がある。
眠ってしまえば、何も考えずに済む。怖気に襲われる事も、不安に苛まれる事もなくなる。
ひらりとライリーに手を振り、踵を返した。
その、瞬間。
「――!」
髪をぐいと引っ張られる感覚がして、思わずその足を止めた。
何処かに、髪を引っ掛けてしまっただろうか。髪飾りが緩み、髪が乱れていくのを感じながら振り返った。
だが、瞳に映ったそれらの光景に一瞬で血の気が引く。
“あの日のセドリック”を連想する、はらりと散る赤い花弁。そして耳に届いた、プツりと何かが千切れる小さな音。
「……あ」
自身の背後に居たのは、先程ライリーと話し込んでいた赤子連れの女性。その女性の腕に抱かれた赤子が、“黒のリボン”を握りしめ、嬉しそうに手足をばたつかせる。
私の髪を、いや、髪飾りのリボンを引っ張ったのは、紛れも無いその赤子だった。
髪飾りに付いた造花の薔薇は崩れ、花弁が散ってしまい無惨な姿で石畳の上に落ちている。
赤子が引っ張った拍子に、飾りが壊れてしまったのだろう。解けてしまった黒いリボンが赤子の手から滑り落ち、追い打ちをかける様に散った花弁の上に落ちた。
この髪飾りは、セドリックが結婚記念日に贈ってくれた物だ。私が大切に、大切にしていた物。
リボンを落としてしまった事からか、火が付いた様に赤子が泣きだす。その所為で女性もライリーも赤子に掛かりきりになってしまい、2人が壊れた私の髪飾りに気付く事は無かった。
――これは、天罰だろうか。
家を捨て、全てを裏切り逃げ出した罰。そして、セドリックに想いを寄せる少女に酷い事を言ってしまった罰。
悪事を働いた者に、幸福など訪れない。
自身の妊娠を受け入れられないのも、恐怖や不安に苛まれるのも、大切な髪飾りが赤子の手によって壊されてしまった事も、最早当然の報いだ。
涙が零れそうになるのを抑え、その場にしゃがみ込み散らばった花弁を残さず掻き集める。この髪飾りは、どうやったって元通りにはならない。それは、素人目で見ても分かる事だった。
「――エルちゃん?そんな所にしゃがみ込んで、どうしたんだい」
気付いたライリーが、私に声を掛ける。だが、今はその言葉に返答する事が出来なかった。
慌てて立ち上がり、壊れた髪飾りを大切に胸に抱いて逃げる様に家路を急ぐ。
地面を蹴った拍子に、瞳に浮かんだ涙が零れ頬を伝った。それは止まる事無く、次から次へと頬を伝い落ちる。
自分と、最愛の彼の血を引いた我が子が愛おしくない訳が無い。セドリックと愛し合った事実を、ただの書類じゃなく形に出来る事は心嬉しく思う。だが、あの晩セドリックに無理を言って屋敷から連れ出して貰った事実は変わらない。
彼は私を深く愛してくれているが、子供が出来たら彼への負担も当然増える。そうなった時、いずれ彼は私を屋敷から連れ出した事を、私と結婚した事を、後悔する日が来るのでは無いか。
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