DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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LVI 美しい少女-I



 蛇口から流れる、冷たい水。
 冬こそ苦痛を感じるものであるが、今の様に暑い季節は少々心地よく感じる水温だ。
 そんな水で洗い流しているのは、2人分の食器。グラスも、皿も、器も、ナイフとフォークさえも2人分だ。娘2人が使っていた食器は、食器棚の奥で眠ったままもう1週間も使われていない。

 ――娘が居なくなって、1週間。
 この1週間で得られたのは、2人はセドリックの言う通りスタインフェルド家に居るという事だけだった。2人があの家でどんな生活を送っているかは分からないが、今の所命に関わる事は起こっていないらしい。
 2人が生きていてくれる、それだけが唯一の救いであるが、それでも娘がもう此処に戻ってこない事は確かだ。その傷はどれだけの時間が過ぎても、癒える事は無かった。

 ――それともう1つ。
 街で、とある噂を耳にした。
 街から外れた、薄暗い不気味な森。その中心部に佇む廃教会に、赤毛のシスターが住んでいるらしい。そのシスターを見た物は、未来を知る事が出来るのだとか。最早、伝説じみた噂だ。
 森奥の廃教会とは、セドリックからプロポーズを受けたあの場所の事だろう。当時はあの教会には悪い噂が立っていた様だが、この数年間でその噂は薄れ、新たな噂に塗り替わっている事を知った。

 未来。そんな物、本当に見れるのだろうか。
 蛇口の水を止め、タオルで手を拭きエプロンの中に手を差し込む。そしてそっと音を立てずに取り出したのは、1週間前玄関扉に張り付いていたあの黒い手紙だ。
 自身があの時強く握りつぶしてしまった為深い皺がついてしまっているが、メッセージカードに書かれた文字はしっかりと読むことが出来た。

「――貴女は貴女を信じればいい……。その選択を、咎める者は居ない」

 メッセージカードに書かれた文字を、読み上げる様に呟く。
 これが本当に、予言の類なら。街の噂も、もしかするとこの手紙に繋がる何かがあるのかもしれない。


「――ママ」


 不意に、背後から娘の声が聞こえ振り返った。

『そんな所で何してるの?』

 テーブルに着いてノートを広げる。娘2人の姿。“それ”がまるで現実の様に鮮明に浮かび上がり、そして滲んでいく様に消えた。
 そこに、娘が居るのは当たり前だった。それが、日常だった。
 なのに今は、娘は居ない。此処には、居ない。瞳に浮かんだ涙が一筋、頬を伝う。

 手紙をポケットに仕舞い、そっとテーブルの方へ歩み寄る。
 娘がいつも、勉強していた場所。家族4人で、食事をしていた場所。いつも、娘は此処に居た。
 テーブルをそっとなぞり、2人の名前を零す。 
 当然、返事は無い。しんと静まり返った部屋に響くのは、冷たい秒針の音のみだ。

 噂のあった、あの廃教会。そこに、本当に赤毛のシスターが居るのだろうか。本当に彼女と会えば、未来が見えるのだろうか。
 ――未来を知るのが怖い。でも、確かめたい。
 2つの思いが交じり合い、葛藤する。

 1度だけでいい。もう1度、2人に会いたい。
 仮にそれが幻でも、もう1度2人を抱きしめたい。

 その叶わぬ願いは、いつまでも心に残ったまま。


 ◇ ◇ ◇
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