209 / 215
LVII 分岐点-III
しおりを挟む娘との大事な思い出を捨てる事も、心の拠り所を手放す事も出来ない。しかし、ずっとこのままで良い訳が無い。
此処に居れば、私はいつまでも心を病んだまま娘の事ばかり考え、そして今迄以上にセドリックに依存した生活を送る事になるだろう。それは、セドリックの為になるのだろうか。ならない筈だ。
私が妊娠したあたりを境に、彼はあれ程好んでいた煙草をやめた。人伝(ひとづて)に聞いた話ではあるが、煙草をやめる事には相当苦労したらしい。
しかし、娘が居なくなってから煙草を吸うセドリックの姿をよく見かける様になった。私の前では吸わないと心掛けている様だが、彼のスーツからは常に煙草のにおいがしていた。
彼は決して、私に娘の話はしない。私が娘を失くした事に、酷く傷心している事を知っているからだ。そして私は今迄それにずっと甘え、この1週間過度に彼に依存した生活を送っていた。
だが、苦しく、つらいのは彼も同じであろう。
ライリーが私から逃げる様にこの家を去った様に、セドリックもきっと心を病んでいる私を見ているのはつらい筈だ。
この家から離れ、隣町に越し、そして孤児院のシスターとして働いた方が良いのではないか。
今の私が子供と触れ合うのは少々苦しい物がある。しかし、それでもこうしてしんと静まり返った家で来る筈の無い、“娘が帰ってくる未来”を待ち続けている方がきっととても苦しい。
そんな事を悶々と考えていると、家の外から靴音が聞こえた。
顔を上げ、玄関扉の方へ視線を向ける。それと同時に、カチリと心地よい音が響き扉が開いた。
「――おかえりなさい、何処へ行っていたの?」
顔を見せたのは最愛の夫。勢いよく椅子から立ち上がり、彼の方へと駆け寄る。
そんな私を見た彼が私を優しく腕の中に迎え入れ、耳元で優しく「ただいま」と囁いた。
彼の心音を感じながら、彼が無事帰ってきてくれた事に深く安堵する。
「――ん?」
私から身体を離した彼が、小さく声を上げた。彼の視線の先には、先程ライリーが置いていった手紙。
脱いだジャケットを彼から受け取り、その手紙を手に取る彼をぼんやりと眺める。
彼はその手紙を見て、何を思うだろうか。なんというだろうか。
優しい彼の事だ。きっと、私がどうしたいかを一番に考えてくれるだろう。
そう思っていると、手紙を裏返し差出人を見た彼が「アンブリッジ……?」と小さくその名を零した。
「その人、知っているの?」
「――いや……」
私の問いに、彼が曖昧に言い淀む。
「手紙、見ても良いか」
「ええ、勿論。貴方宛の手紙でもあるから」
彼の問いにそう返すと、彼がやや躊躇いながらも赤い封蝋を剥がした。
そして封筒の中から2つ折りの手紙を取り出し、文面に目を走らせる。
時間にすると、2、3分位だろうか。何度か手紙を読み返した彼が、「うぅん」と小さく唸りを上げた。
顔を上げた彼と、顔を見合わせる。
0
あなたにおすすめの小説
ソウシソウアイ?
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。
その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。
拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、
諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる