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IV 冷たい使用人と大切な指輪
I
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「私たち、何故此処に連れて来られたのでしょうか……」
私の額の傷を手当するアイリーンに、ぽつりと呟く様に問いかける。
椅子代わりにした柔らかなベッドは、言うも愚かとても高価なものだ。今すぐにでも家に帰りたいが、一晩で良いからこのふかふかのベッドで眠ってみたい――なんて場違いな欲求がむくむくと沸き上がる。
「――わたくしからは、何も申し上げる事は出来ません」
アイリーンが私と目を合わせる事無く、薬剤を塗ったガーゼを額に張り付けた。冷覚と共に、薬草独特の青臭いにおいが鼻を衝く。
「では、いつ家に帰して貰えるのでしょうか」
私の問いに、アイリーンの手が一瞬止まる。しかし、何事も無かったかのように手当を再開し、ガーゼが落ちない様に私の頭に包帯を巻き始めた。言葉にし難い窮屈感に、指先でぽりぽりと包帯の上から額を掻く。
「その問いには、お答えし兼ねます」
――何なりと仰せ付けください、なんて言っておいて、先程から何も答えてくれないではないか。
そんな事を思っていると、私の隣に腰掛けていたレイが身を乗り出した。
「で、でも、私たち何も聞かされてないし! 此処で何をすればいいのか、なんで此処に連れて来られたのか、両親は今何してるのか、全部分からないままなんだよ、それってあんまりでしょ。納得出来るように説明してくれなきゃ、私たちだって大人しくしてるつもりは無いよ」
納得できても大人しくしてられる自信無いけど、と言葉を付け加え、レイが難しい顔をする。この見るからに冷たい女性に、良くそこまで食って掛かる事が出来るなと感心してしまうが、しかし私も彼女の言葉に同意見である。
誘拐された事は理解しているし、ロープで縛られたり暴行を受けたりなどしていないだけマシなのだろうが、逆にそれ等をされていないからこそ不安が膨れ上がるというのも事実である。それに、この屋敷の当主からは「今日から私が、君たちの新しいお父様だよ」なんて不気味な事を言われている。流石に説明の一つ位あってもいいのではないだろうか。
「――そうですね、お嬢様の仰る事は御尤もです」
驚くことに、あれだけ頑なであったアイリーンが、レイの言葉に素直に頷いた。レイの言葉と私の言葉は何ら変わりなかった筈なのに、言い方が違うだけでこうも結果が変わる。不思議であり、なんとも解せない。
「わたくしからお教え出来る事は限られますが……、旦那様や奥様との衝突を避ける為にも必要最低限の説明は必要ですね。しかし、お嬢様方にご満足いただける回答が出来る保証は御座いません」
不安を抱く物言いではあるが、何も情報を得られていない今の私たちにとっては彼女が頼みの綱だ。貴重な情報源である。
――こんな事になるのなら、馬車の中であの男たちに尋ねておけば良かった。
ついそう思ってしまうが、例え今あの馬車の中に戻れたとしても2人に尋ねられる自信は無いし、2人が簡単に教えてくれるとも思えなかった。
「旦那様――ラルフ・スタインフェルド様はお嬢様方の新しい御父君となられるお方です。それは奥様も同様となります」
「新しい御父君って、新しいパパって事? あの男が言ってたの、本当の話だったの?」
「左様で御座います。そしてお嬢様方は、本日よりスタインフェルド家の御令嬢として生活して頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たちの両親はパパとママだけ! それ以外の人は親なんかじゃない! それに、令嬢って何……? もう家には帰れないって事?」
「それは旦那様次第では御座いますが、元の家へ戻られる事は難しいかと」
ぽんぽんと交わされる、スピードのある会話を聞くともなく聞きながら、ぼんやりと考える。
――誘拐までは、想定内だった。誘拐は〝危険〟の中の一つだから。でも……。
てっきり金、もしくはそれに匹敵する何かを両親に――主に父の方にだろうが――要求する為に私たちは誘拐されたものだと思っていたが、アイリーンの話を聞くにそれは浅慮だったのだと悟る。
そもそもラルフはホールで、確かにアイリーンと同じことを言っていたでは無いか。自身が新しい父親だと、家族になるのだと。
此処へ連れて来られた緊張と恐怖で頭が上手く回らず、レイがあの男の言う事は本当だったのかとアイリーンに詰め寄るまですっかりと忘れていたが、つまりはラルフの言った例の言葉こそが私たちに求められた全てなのだ。
彼は――ラルフは一体何を目的としてそんな事を求めたのだろう。ただの娘欲しさに、彼等曰く〝下民〟である私たちを選ぶ事は無いだろう。令嬢が欲しいのなら、正規の方法で養子縁組を結べる孤児院に行くべきだ。誘拐なんて不合理的な方法はとらないだろう。
じわじわと痛む額を、包帯の上から軽く擦る。
私の額の傷を手当するアイリーンに、ぽつりと呟く様に問いかける。
椅子代わりにした柔らかなベッドは、言うも愚かとても高価なものだ。今すぐにでも家に帰りたいが、一晩で良いからこのふかふかのベッドで眠ってみたい――なんて場違いな欲求がむくむくと沸き上がる。
「――わたくしからは、何も申し上げる事は出来ません」
アイリーンが私と目を合わせる事無く、薬剤を塗ったガーゼを額に張り付けた。冷覚と共に、薬草独特の青臭いにおいが鼻を衝く。
「では、いつ家に帰して貰えるのでしょうか」
私の問いに、アイリーンの手が一瞬止まる。しかし、何事も無かったかのように手当を再開し、ガーゼが落ちない様に私の頭に包帯を巻き始めた。言葉にし難い窮屈感に、指先でぽりぽりと包帯の上から額を掻く。
「その問いには、お答えし兼ねます」
――何なりと仰せ付けください、なんて言っておいて、先程から何も答えてくれないではないか。
そんな事を思っていると、私の隣に腰掛けていたレイが身を乗り出した。
「で、でも、私たち何も聞かされてないし! 此処で何をすればいいのか、なんで此処に連れて来られたのか、両親は今何してるのか、全部分からないままなんだよ、それってあんまりでしょ。納得出来るように説明してくれなきゃ、私たちだって大人しくしてるつもりは無いよ」
納得できても大人しくしてられる自信無いけど、と言葉を付け加え、レイが難しい顔をする。この見るからに冷たい女性に、良くそこまで食って掛かる事が出来るなと感心してしまうが、しかし私も彼女の言葉に同意見である。
誘拐された事は理解しているし、ロープで縛られたり暴行を受けたりなどしていないだけマシなのだろうが、逆にそれ等をされていないからこそ不安が膨れ上がるというのも事実である。それに、この屋敷の当主からは「今日から私が、君たちの新しいお父様だよ」なんて不気味な事を言われている。流石に説明の一つ位あってもいいのではないだろうか。
「――そうですね、お嬢様の仰る事は御尤もです」
驚くことに、あれだけ頑なであったアイリーンが、レイの言葉に素直に頷いた。レイの言葉と私の言葉は何ら変わりなかった筈なのに、言い方が違うだけでこうも結果が変わる。不思議であり、なんとも解せない。
「わたくしからお教え出来る事は限られますが……、旦那様や奥様との衝突を避ける為にも必要最低限の説明は必要ですね。しかし、お嬢様方にご満足いただける回答が出来る保証は御座いません」
不安を抱く物言いではあるが、何も情報を得られていない今の私たちにとっては彼女が頼みの綱だ。貴重な情報源である。
――こんな事になるのなら、馬車の中であの男たちに尋ねておけば良かった。
ついそう思ってしまうが、例え今あの馬車の中に戻れたとしても2人に尋ねられる自信は無いし、2人が簡単に教えてくれるとも思えなかった。
「旦那様――ラルフ・スタインフェルド様はお嬢様方の新しい御父君となられるお方です。それは奥様も同様となります」
「新しい御父君って、新しいパパって事? あの男が言ってたの、本当の話だったの?」
「左様で御座います。そしてお嬢様方は、本日よりスタインフェルド家の御令嬢として生活して頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たちの両親はパパとママだけ! それ以外の人は親なんかじゃない! それに、令嬢って何……? もう家には帰れないって事?」
「それは旦那様次第では御座いますが、元の家へ戻られる事は難しいかと」
ぽんぽんと交わされる、スピードのある会話を聞くともなく聞きながら、ぼんやりと考える。
――誘拐までは、想定内だった。誘拐は〝危険〟の中の一つだから。でも……。
てっきり金、もしくはそれに匹敵する何かを両親に――主に父の方にだろうが――要求する為に私たちは誘拐されたものだと思っていたが、アイリーンの話を聞くにそれは浅慮だったのだと悟る。
そもそもラルフはホールで、確かにアイリーンと同じことを言っていたでは無いか。自身が新しい父親だと、家族になるのだと。
此処へ連れて来られた緊張と恐怖で頭が上手く回らず、レイがあの男の言う事は本当だったのかとアイリーンに詰め寄るまですっかりと忘れていたが、つまりはラルフの言った例の言葉こそが私たちに求められた全てなのだ。
彼は――ラルフは一体何を目的としてそんな事を求めたのだろう。ただの娘欲しさに、彼等曰く〝下民〟である私たちを選ぶ事は無いだろう。令嬢が欲しいのなら、正規の方法で養子縁組を結べる孤児院に行くべきだ。誘拐なんて不合理的な方法はとらないだろう。
じわじわと痛む額を、包帯の上から軽く擦る。
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