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IX 普段と違う街の色-IV
しおりを挟む「いや、お前がライリーの元に行く前に、俺が止めていれば良かった話だ。さっきは少し…考え事をしていて……」
「――考え事?」
彼女に問い返され、思わず言葉に詰まる。
自身が考えていた事、それは“彼”の呪いだ。彼にいつまでも囚われている自身は、彼女の瞳にどう映っているのか、そんな事ばかり考えていた。
「……大した事じゃない」
だがやはり、今日の自分はおかしい。
自身を見つめる、愛らしく可憐な彼女の顔。その愛おしく感じる程に美しい瞳に吸い込まれそうになりながら、深く見つめ合う。
――自分自身が、分からない。この感情の意味が、理由が、全て理解出来ない。
受け入れて良いものなのか、それとも跳ね除けるべきものなのか。しかしどちらを選んでも、胸の奥に燻る彼の呪いが刺激する。
「――大した事じゃ、無いんだが……」
何処かぼんやりと、言葉を漏らした。
彼女の瞳を見ていると、穢れた自身を思い知らされる様でいて、何処か呪いの痛みや苦しみが癒えていく。
高鳴る鼓動は煩く、酷く耳障りだ。耳鳴りの様に不快感があり、猛烈に不安になる。しかし、彼女を見つめる視線を逸らす事は出来ない。このままずっと見つめ合って居たい。彼女を自身だけの物にしてしまいたい。そんな非現実的な欲ばかりが溢れ、それと同時に胸の奥がじわりと痛む。脳内に思い出されるのは、あの残虐な光景。
「――俺は、お前を」
エルにそっと、手を伸ばす。その小さな身体を、もう一度自身の腕の中に閉じ込めてみたい。呪いの痛みを感じたとしても、それでももう一度彼女に触れたい。
彼女と他人では無く、それ以上の、関係に――。
「――っ!」
タイミングが悪くも、突如叩き付ける様に吹いた強風。その風に煽られ、彼女のフードがふわりと外れた。
――俺は、お前を手放したくない。
口にする事の無かったその言葉は、口にしなくて良かったのか、それとも伝えるべきだったのか。今の自分にその答えを出す事は出来ないが、少なくても突風に遮られてしまった事に何処か安堵していた。
そんな中、彼女は何を思ったのか。徐に背伸びをし、俺の頭に手を伸ばした。
「――セドリック、髪が……」
彼女がふわりと撫でる様に触れるのは、先程の突風で乱れてしまったのであろう自身の髪。
乱れた髪を手櫛で直していくその優しい手付きに、ふと母親の事を思い出した。
母親は、事ある毎に俺の頭を撫でる人だった。鬱陶しいと思いつつも、俺の頭を撫でながら嬉しそうに笑う母の顔は嫌いでは無くて、出来る事ならその笑顔をずっと見ていたいと思っていた。
――そこではたと気付く。
彼女に頭を撫でられる事で母を思い出してしまうなんて、これでは自身がマザーコンプレックスの様では無いか。
自身は決してそんな人間では無い。そう自身の中で言い訳をしながら、ふふ、と母に似た笑みを零しながら俺の頭を撫でる彼女の手を掴む。
「あっ……ご、ごめんなさい、つい」
浮かせていた踵を石畳に付け、彼女が赤く染めた顔を自身から逸らした。
そんな愛らしい表情を見せるエルに、やはり彼女は母とは違う、1人の少女なのだという事を実感する。
「――人の心配をするより、自分の心配をしたらどうだ」
彼女の髪は、フードが外れているだけでなく髪も乱れてしまっている。真っ先に自身の心配をしてくれた事は嬉しく思うが、女性なのだから自身の身形を最優先に考えるべきだろう。
そう思いながら、彼女の頭をぽんと撫で、乱れた髪を手櫛で整えた。
「――ねぇ、セドリック」
何処か甘える様な、彼女の声。その声に、どきりと鼓動が跳ね上がる。
「――先程、私に何を言おうとしたの?」
ふわりと、柔らかな風が自分達の間を吹き抜ける。
伝えるべきか、それとも誤魔化すべきか。どくどくと早くなっていく心音に焦りと心地よさを感じながらも、彼女の髪を愛しむ様に撫でる。
――今は、言うべきじゃない。
暫し考えた結果、導き出したのはその答えだった。
伝えるのは、この感情の理由と意味を理解した後でも遅くない筈だ。
彼女の髪から手を離し、「別に大した事じゃない」と不愛想に告げ彼女のフードを乱暴に被せた。
「外に長居するのは良くない。早く行くぞ」
フードを目深に被り視界が遮られた所為か、彼女が一瞬ふらりとよろめく。その姿が何だか無性に愛おしく思えて、フード越しにぽんと頭を撫でた。
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