DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XI 嵐の夜-II

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 角を曲がった先にある民家街。その中の1つが今日の目的地の筈だが、どの家も民家として機能しているのかが疑わしい。書類に記載された住所が正しいのか不審に思いながらも、1つ1つ家を数えながら奥へ歩を進める。
 そして漸く見つけ出した、物音1つしない1軒の民家。他の建物よりかは比較的新しく見えるが、人の気配が一切感じられない。こんな場所に、本当に人が住んでいるのだろうか。
 躊躇いながらも、錆びれたドアノッカーを4度叩いた。

 暫く待ってみても、家の中は無音のまま。誰か人が出てくる気配も無い。
 腰を屈めて窓から家の中を覗いてみるも、家の中には暗闇が広がっていて人が住んでいる痕跡があるかどうかも確認が出来なかった。

 本人が居ないのなら仕方が無い。このまま、本人が現れるまで待ち伏せをする義理も無く、書類が入った茶封筒をドアの隙間から捻じ込んだ。足早にその場から離れ、来た道を引き返す。

 ――思えば、依頼者は妙な男だった。書類に記載された本名では無く愛称で呼ぶよう強要したり、自分の素性を隠す素振りを見せたりなど、おかしな事だらけだ。依頼自体がただの悪戯か、それとも調査では分からなかったが彼には何か裏があるのか。どちらにせよ、彼とはもう二度と会う事は無いだろう。彼はただの依頼者で、況してや依頼拒否となった人物だ。これ以上詮索する必要性は何処にも無い。
 鼻に衝くペトリコールから逃れる様に、歩く速度を上げた。

 空を覆いつくす雲は黒い。また、雨が降り出しそうだ。
 ハーフハンターの懐中時計をポケットから取り出し、現時刻を確認する。
 時針が指すのは17時。時間が確認出来ないと困る事からマーシャから譲り受けたが、貴族でない自分が持つには少々高価すぎる代物だ。所持している事を他人に知られたら、盗品だと疑われかねない。誰かの目に触れる前に、素早くポケットの奥へと仕舞い込む。

「――おにーさん」

 煉瓦の壁に凭れ掛かった街娼に声を掛けられ、無意識的に其方へ視線を遣った。

「綺麗な顔してるね、どっから来たの?」

 彼女の問いには答えず、無言で街娼の前を通り過ぎる。
 街娼にはあまり、1人の男に執拗に付き纏う印象は無い。彼女たちは男と寝るのが仕事だが、それも今晩の寝床を確保する為の物だ。声を掛けた男が乗り気で無ければ、直ぐに標的を変え誘惑する。
 だが、彼女は他の連中とは少々違う様だった。

「ちょっと、無視しないでよ。おにーさん、凄い顔がタイプなんだよね」

 街娼の手が、逃すまいと俺の腕を掴む。

「ホテル代だけ出してくれれば、特別にタダでいいよ」

「そういうの興味ねぇから、離せ」

 無駄に乱暴な事をするのは好ましくないが、この状況であれば致し方無いだろう。掴まれた腕を強く振り払い、彼女から1歩2歩と距離を取る。だが街娼は諦めが悪く、今度は自分の行く手を塞ぐ様に前に回り込んだ。

「大丈夫、後悔はさせないから」

 彼女の手が、徐に頬に伸びる。

 ――自身が、女性に苦手意識を持っていたのは何故だったか。
 決して、女性その物に恐怖や嫌悪感を抱いている訳では無い。だが、“好意”を寄せられる事が堪らなく不愉快で、耐え難い程の焦燥感に駆られる。
 “愛”や“恋”なんて、一時の気の迷いだ。一種の精神病でもあるだろう。
 快楽を得る為の生殖行動など、自分には理解が出来そうに無い。

 なのに何故、“愛”なんて言葉で、真っ先にエルの笑顔を思い出してしまうのだろうか。

 街娼の指先が、僅かに頬に触れた。
 その瞬間感じる、火傷の様に痺れる熱い痛み。


「――触るな」


 咄嗟にその手を振り払い、自身の前を塞ぐ街娼を強く押し退けた。その拍子に彼女がバランスを崩し、石畳に倒れ込む。
 未だ残る、纏わり付く様な痺れと指先の感触。それを拭い取る様に、頬を手袋越しに擦った。
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