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XVIII 雨の中で-III
しおりを挟む「アリスと、とても相性が良かったみたいね。素敵な演奏だった」
彼女が空家の壁に凭れ掛かり、俺と視線を合わせ儚げに微笑む。
「……嫉妬、しちゃうな」
降り頻る雨に、掻き消されてしまいそうな小さな声。自身を見つめる彼女の瞳が揺れる。
その言葉に、漸く彼女が何を思っていたのかに気付く事が出来た。垂れ下がった細い糸を手繰り寄せる様に、過去の記憶を呼び起こす。
自身が異性と関わる事が少ないからか、彼女が目に見えた嫉妬をした事は無かった。しかし、昔マーシャとの距離が近いと嘆いていた事が何度かあった。
マーシャは家族の様な存在だと伝えても、彼女は納得する事無くその都度頬を膨らませていた記憶がある。
女の嫉妬は面倒だ、なんて言われる事が多く、自身も当然そういう物だと思っていた。だが、最愛の彼女からされる嫉妬は悪い気がしない。寧ろそんな彼女が愛おしく、可愛らしく感じる。
口元が緩むのを隠し、彼女の頭にぽんと手を置いた。
「……何よ」
「別に」
「……手、放して」
「嫌なら振り払えばいいだろ」
湿気の所為か、普段より広がった彼女の髪を優しく撫でる。
「アリスが貴方を気に入っている事は、客席から見ていても分かった」
「そうか。そういえば、コンサートが終わった後に何か言っていた様な気がする」
「……なにそれ」
「早くお前に会いたかったから、真剣に聞いてなかった」
彼女の腕を再び掴み、強く引き上げその場に立ち上がらせる。
今日の彼女は珍しくヒールの高い靴を履いていて、普段よりも目線の位置が高かった。と、言っても、自身よりも小さい事には変わり無いのだが。
靴の所為か、先程から彼女が妙にふらついている。
支える様に彼女の腰に手を回すと、彼女の頬がほんのりと赤くなった。
「足、大丈夫か」
「……靴擦れが痛くて……。もう少し、低いヒールの靴を選べば良かった」
「家までそんなに距離は無いが……、その足だと厳しそうだな」
「……裸足で歩けば、平気」
他愛の無い話をしながら、彼女と顔の距離を縮める。
「……アリスに魅力感じた?」
「全く」
「……嘘。私、アリスに勝てる自信なんて無いわ」
「俺は、アリスがお前に勝てると思えないが」
宝石の様に美しい、彼女のイエローブラウンの瞳を真っ直ぐに見つめた。長い睫毛に、潤む瞳。その愛らしさは、アリスと比にならない。
そっと額を合わせると、彼女がぎこちなくも瞳を閉じた。
指で優しく彼女の顎を掬い取り、薄く紅を乗せた唇にゆっくりと自らの唇を触れさせる。
6日ぶりに交わす口付けに彼女への愛おしさが溢れ、柔らかなその唇を愛でる様に食むと、彼女が小さく笑みを漏らした。
「……愛してるわ、セドリック」
「知ってる」
「……本当、貴方って意地悪ね。愛してるなんて嘘。やっぱり、大嫌い」
彼女が弱々しく、俺の胸を叩いた。
「あぁ、そうかよ」
その手を掴んで封じ込み、彼女の口を塞ぐ様にもう一度唇を重ねる。
今迄彼女と交わした口付けの中で最も強く、甘いそれは、彼女の機嫌を直すのには充分だった様だ。
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