DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

文字の大きさ
85 / 162

XXI 帰り道-V

しおりを挟む

「お前の事まで殺したくない」

 エルは俺の全てだ。
 自身の命を懸けてでも守り抜きたい大切な彼女が、あんな下劣で薄汚い男に穢されるなんて事は絶対にあってはならない。いや、ある筈が無い。
 美しい花に付く害虫を駆除するのは当然の事だろう。それと同じだ。妻を危険から守るのは、夫である俺の務め。

「此処で出ていくのはあまりに無謀すぎる」

 恐怖を一切感じてない、マーシャの瞳。
 過去に何度も死に直面した事のある彼女に、こんな脅しなど通用しない事は分かっていた。だが彼女を黙らせるには、彼女以上の強い力で無理矢理押さえつけるしか方法が無いのだ。
 俺の目を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳から、目を逸らしそうになるのを堪え強く睨みつける。

「殺人は犯罪だよ」

「あいつ等がやってることも犯罪だ」

「道徳的な話をしてるの」

「こんな仕事をしてる俺に、道徳の話をすんのか」

 ナイフを握る手に力を込め、彼女の言葉を嘲笑する。

 両親を失い、孤児になった頃にはもう“悪事”を働く事に何の抵抗も無かった。
 この仕事をする様になって、今やもう善悪の区別がつかなくなってしまったのかもしれない。マーシャに止められた今でも、自分たちの生活や人生に“害”になる奴らを排除する事が、悪い事だとはどうしても思えなかった。

「……ごめん」

 マーシャが目を伏せ、深く息を吐いた。

「……悪く、思わないで」

 彼女の手が、ゆらりと上がる。そしてその瞬間、頬に走る強い痛み。
 彼女に頭突きをされるのには慣れているが、平手打ちをされたのは初めてだ。1歩、2歩と彼女から距離を取り、地面に転がるナイフを拾い上げる。

「――あれ、盗み聞きですか」

 物音で自分達の存在に気付いたのか、主犯格の男が不気味な笑みを浮かべ此方に歩み寄ってきた。

「悪趣味ですね」

 緊張感を全く感じない、自分の行動が然も正しいとでも思っているかの様な口調や態度。顔を青く染めて動揺する、背後の2人とは正反対だ。

 手の内のナイフを男から隠す様に素早くポケットの奥へ仕舞い込み、壁の影から1歩前に出た。
 皮肉にも、今日の夜空は雲1つ見当たらない。眩しくも感じられる月光が顔を照らす。

「……あれ」

 俺の顔を見た男が、わざとらしく首を傾げた。俺との距離を詰め、顔を近づける。
 反射的に背を反らし、詮索する様なその視線から逃れる様に顔を背けた。

「あぁ、あんたかぁ」

 男が浮かべる嘲笑。

「あんたなら、問題ねぇなぁ」

 理解が追い付く前に、男がふらりと街の方へ足を向けた。
 擦れ違いざまに、男の手がぽんと肩に置かれる。圧を感じるその手の強さと声に、背筋に冷や汗が伝うのが分かった。

「俺の事、誰にも言わないでくださいね」

 鋭い眼光をした男が、俺の耳元に口を寄せる。

「――人身売買のブローカーさん」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...