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XXI 帰り道-V
しおりを挟む「お前の事まで殺したくない」
エルは俺の全てだ。
自身の命を懸けてでも守り抜きたい大切な彼女が、あんな下劣で薄汚い男に穢されるなんて事は絶対にあってはならない。いや、ある筈が無い。
美しい花に付く害虫を駆除するのは当然の事だろう。それと同じだ。妻を危険から守るのは、夫である俺の務め。
「此処で出ていくのはあまりに無謀すぎる」
恐怖を一切感じてない、マーシャの瞳。
過去に何度も死に直面した事のある彼女に、こんな脅しなど通用しない事は分かっていた。だが彼女を黙らせるには、彼女以上の強い力で無理矢理押さえつけるしか方法が無いのだ。
俺の目を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳から、目を逸らしそうになるのを堪え強く睨みつける。
「殺人は犯罪だよ」
「あいつ等がやってることも犯罪だ」
「道徳的な話をしてるの」
「こんな仕事をしてる俺に、道徳の話をすんのか」
ナイフを握る手に力を込め、彼女の言葉を嘲笑する。
両親を失い、孤児になった頃にはもう“悪事”を働く事に何の抵抗も無かった。
この仕事をする様になって、今やもう善悪の区別がつかなくなってしまったのかもしれない。マーシャに止められた今でも、自分たちの生活や人生に“害”になる奴らを排除する事が、悪い事だとはどうしても思えなかった。
「……ごめん」
マーシャが目を伏せ、深く息を吐いた。
「……悪く、思わないで」
彼女の手が、ゆらりと上がる。そしてその瞬間、頬に走る強い痛み。
彼女に頭突きをされるのには慣れているが、平手打ちをされたのは初めてだ。1歩、2歩と彼女から距離を取り、地面に転がるナイフを拾い上げる。
「――あれ、盗み聞きですか」
物音で自分達の存在に気付いたのか、主犯格の男が不気味な笑みを浮かべ此方に歩み寄ってきた。
「悪趣味ですね」
緊張感を全く感じない、自分の行動が然も正しいとでも思っているかの様な口調や態度。顔を青く染めて動揺する、背後の2人とは正反対だ。
手の内のナイフを男から隠す様に素早くポケットの奥へ仕舞い込み、壁の影から1歩前に出た。
皮肉にも、今日の夜空は雲1つ見当たらない。眩しくも感じられる月光が顔を照らす。
「……あれ」
俺の顔を見た男が、わざとらしく首を傾げた。俺との距離を詰め、顔を近づける。
反射的に背を反らし、詮索する様なその視線から逃れる様に顔を背けた。
「あぁ、あんたかぁ」
男が浮かべる嘲笑。
「あんたなら、問題ねぇなぁ」
理解が追い付く前に、男がふらりと街の方へ足を向けた。
擦れ違いざまに、男の手がぽんと肩に置かれる。圧を感じるその手の強さと声に、背筋に冷や汗が伝うのが分かった。
「俺の事、誰にも言わないでくださいね」
鋭い眼光をした男が、俺の耳元に口を寄せる。
「――人身売買のブローカーさん」
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