DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXXIX Miss.××××-I

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 依頼者との面談を終え、大通りから外れた露店が立ち並ぶ裏路地を1人歩く。
 髪を背で揺らすのは、夏を感じさせる生温かな風。相変わらず天気は良くないが、過ごしやすい季節になった。その為か、普段より人気ひとけが多く感じられる。

 33度目の誕生日を迎え、今日で約半年。
 誰かが言った、“歳を重ねる毎に、時の流れを早く感じる様になる”というのを、ここ数年身をもって実感している。
 全ての出来事がまるで昨日の事の様に思い出せるのに、もうエルを娶って12年、娘が産まれて10年の月日が経過したという事が未だに信じられない。時が経つのは早いものだ。


 この仕事をしていると、様々な“お礼の品”や“贈り物”を貰う事がある。そしてそれは“口封じ”を意味して渡されることが多い。中身の殆どは、身分の低い者は店構えすら目に出来ない高級店の茶菓子だ。
 しかしそれがどれだけ高級な物であっても、“口封じ”の意味が込められた菓子など最愛の家族には食べさせられない。処分する事も忍びない事から、その様な物は極力受け取らない様に心掛けていた。

 ――筈、だったのだが。
 右手に提げているのは依頼者から贈られた包み。中身は確認していないが、依頼者の口振りから察するに高級な茶菓子だろう。
 今回の依頼者である令室の多弁さには、包みを断る事すら忘れる程に圧倒された。その会話の殆どが取引に関係のない無駄話であったが、攻撃性のある依頼者よりかは幾らかマシだろう。
 包みを断れなかった事には後悔が尽きないが、普段より精神への負担が少なく面談を終われた事には安堵していた。

 手に提げた包みを目の高さまで持ち上げ、深く溜息を吐く。
 受け取ってしまったものは仕方が無い。それを後悔するよりも、今はこの菓子をどう処理するかを先に考えるべきだ。
 甘党で紅茶好きのマーシャならきっと喜んでこの菓子の消費係を引き受けそうだが、彼女は最近やたらと体型を気にしていて食事制限までしているらしい。その所為かここ数日機嫌が悪く、話し掛ける事すら憚られる。そんな彼女に高級菓子等見せた日には、朝まで大喧嘩になる事が安易に想像が出来た。
 やはり、処分するのが一番手っ取り早いだろう。
 食料に困る生活の実態を知っているが故に、その選択は中々気が進まない。しかし、このまま職場に置いたところで腐らせてしまうだけだ。どちらにせよ、処分は免れない。
 再び重い溜息を吐き、顔を上げた。

 偶々視線を向けた先は、女性物のアクセサリーが並ぶ雑貨屋。
 退屈そうな面持ちで店先に立つ、女主人と視線が交わる。

「セドリックじゃないか!」

 此方に気付いたライリーが、頭上で大きく手を振った。
 相変わらず、彼女の声は良く通る。周囲の人間が怪訝な視線を送るのを、彼女は気付いて居ないのか、将又気にしていないのか。
 少々躊躇いながらも、繊細なアクセサリーが並ぶ台へ近づく。

「あんまり大声で呼ぶなよ。目立つ事は嫌いだと何度言えば……」

「良いだろう別に。ここら辺は顔見知りしか居ないんだから」

 毎度変わらない横暴な態度に、一気に疲労が押し寄せる。
 その性格に妙な既視感を覚えるが、直ぐに脳内に幼馴染の姿が思い浮かび納得した。此処に来る度に、同じ事を思っている気がする。
 開き掛けた口を閉じ、反論の代わりに溜息を漏らした。
 
「相変わらず、あんたは顔が暗いねぇ。ちょっとは愛想良くしたらどうだ」

「難しい提案だな」

 店の横の壁に凭れ掛かり、視線だけをライリーに向ける。

「あんまり暗い顔してると幸せが逃げるよ」

 そう言って眉間に皺を寄せた彼女が、徐に小さな固形物を口に抛り込んだ。鮮やかなオレンジ色に見えたそれは、どうやら台の隅に置かれた瓶から取り出された物のようだ。

「なんだそれ」

「ん? これか?」

 彼女が瓶を手に取り、軽く揺らして見せる。一見色取り取りな飴玉にも見えるが、それとは少し違う様だ。肯定の意味を込めて頷くと、ライリーが笑みを浮かべ瓶の中から新たに一粒摘まみ上げた。

「砂糖漬けにしたドライフルーツだよ」

 有無を言わさず、摘まんだそれを俺の口に押し込む。
 口の中に広がる甘味。噛む度に甘みが増し、最早フルーツというよりも砂糖の塊と表現した方が適切だろう。本能的に脳がそれを毒だと判断したのか、びりびりと危険信号の様に頭痛がし出す。

「……うわ」

 思わず漏れた声と歪んだ顔に、彼女が子供の様に屈託無く声を出して笑う。
 きっと需要があり作られた物なのだろうが、甘い物が苦手な自身にとってこの味は苦痛そのものだ。

「……こんな物、好んで食べる奴の気が知れねぇな」

「あぁ、そうかい」

 彼女は笑いながら、また1粒フルーツを口へ運ぶ。
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