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XLV 分岐点-II
しおりを挟む「手紙、見ても良いか」
「ええ、勿論。貴方宛の手紙でもあるから」
封蝋を剥がし、中から二つ折りの便箋を取り出す。入っていた便箋は1枚。とても簡潔に書かれた手紙の様だ。
覗き込んだエルと共に、その手紙に目を通していく。
「……うぅん」
手紙の内容に、エルが憂わしげな声を上げた。顔を上げ、彼女と顔を見合わせる。
書かれていた事は、決して特別な事では無い。一口で言えば、仕事の勧誘だ。
この手紙の差出人はライリーの古い友人で、俺達が娘2人を失った事を知り手紙を寄越したらしい。
仕事内容は、主に教会に隣接された孤児院の子供の世話。孤児の人数と管理者の人数が合っていない様で、人手が足りていないと書かれていた。
その教会は此処から少し離れていて、そこで仕事をするには必然的にこの家を離れる事になる。エルや娘との思い出が詰まったこの家を離れる事には抵抗があるが、今の自分達には此処に居続ける事の方が辛いのかもしれない。
「――私は、行っても良いと思っているの」
ジャケットを胸に抱き、俺に身体を寄せた彼女がぽつりと呟いた。
「ずっとこのままという訳にも、いかないから……」
その顔には、僅かに不安が滲んでいる。だがこの一週間で、彼女がはっきりと思いを口にしたのは初めてだった。
「――そうだな」
手紙を封筒に戻しつつ、彼女の背をぽんと叩く。
「返事は俺が出しておくよ」
不安気に頷く彼女の髪を、くしゃりと乱す様に撫でた。
どの道、今の仕事はもう辞めるつもりだった。マーシャには悪いが、こんな事態になっても尚この仕事を続ける精神は持ち合わせていない。
自身の罪を隠し神聖なる場所に勤めるのは気が引けるが、心機一転するには丁度いいだろう。
それに、幸いその教会には空き部屋が多いらしく、今回の仕事を引き受けてくれるのなら住む場所は無償で提供すると手紙に書かれていた。少々不便な思いをする事はあるだろうが、エルと2人で生きていくには十分だろう。
「……ん?」
ジャケットを抱え直した彼女が、僅かに顔を顰め声を漏らした。徐にジャケットの胸ポケットに指先を差し込み、中を弄る。
「……なぁに、これ」
取り出されたのは、四つ折りの小さな紙。一見唯の紙切れにも見えるその紙に、一週間前の記憶が沸々と蘇る。
それはあの日、雨の中メイベルから受け取った物だ。その紙を見ようとした俺を、彼女はまだダメだと言って制した。徐々に早くなる心音が、最高潮に達する。
もし仮にこの紙が、“今の自分”への助言なら。教会からの手紙が来る事も、彼女には見えていたのだとしたら。
エルから紙を受け取り、震える手でゆっくりとその紙を開いた。
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