枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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陰間はツラいよ!?

仕入れ 壱

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   「だから……仕入れってのは菊座を慣らすことだよ」

  「菊座?」

  「ここだよ」

  「ひ、ぎゃあ!」
 なずなの四本の指が「菊座ケツ」に突き刺さる。
 直接的触られて飛び上がるほど気色が悪い。

 そう。俺は今、なずなと風呂場にいて、陰間になる準備とやらをレクチャーしてもらっているのだ。

 華屋の裏には湯殿があって「鉄砲風呂」と呼ばれる、スーパー銭湯で見るような木枠の一人用の浴槽が二つ並べられていた。
 仕事が明けた順に入るから、まだ陰子みならいの俺が入れるのは一番最後だけど、今日はなずなと一緒だから少しだけ順番が早い。

 もちろん水道やガスなんかはない。また、石鹸もないから、陰間が体を洗うのには柘榴ざくろの皮を乾燥させて粉状にしたものを使うらしく、これを体にすりつけると肌が滑らかになるそうだ。

 そうやって一緒に体を洗ったあと、気になってなずなに聞いたのが「仕入れ」のことだ。劇場の茶屋で客を前に権さんが言ってはいたけど、俺はそれを芸を習うことだと思っていたのだ。

  「なんて声だい。色がないねぇ。そんなンでやっていけんのかい」
 言いながら、浴槽に入るよう手振りで示される。

  「が、がんばる……元気があればなんでもでき……いや、なるべくなら芸一本でいきたいんだけど……ブッ!」
 俺が浴槽に足をかけると、なずなが湯を顔に跳ねつけてきた。

  「毎回毎回なにすんだよ!」

  「百合、あっちらや仕事を蔑んでんの? 昨日もそんなこを大層な声で言ってたじゃないか」

  「や……あの、そうじゃなく……」
 ないと断言できるのだろうか。時代が違うからと頭では納得しても、心では「売春は売春。しかも男相手に」なんて思っている俺がいる。

 でも、目の前のなずなや他の陰間に対して偏見や批判めいた気持ちがあるわけじゃないんだ。今日の見世を見て、陰間達がどんなに努力しているのかも感じ取れたつもりだ。

 でもやっぱり男相手……にいや、違う。

 俺には相手が男とか女とか関係ないのかもしれない。 そう言う行為セックス自体に嫌悪を感じてるんじゃないのか?

  「俺、ここに来るよりずっと前に、義理の父親に……その……」

 言いかけて寒気が走る。
 ────十三の冬。義父に裸の体を撫で回されたこと。それ以前からも妙に体に触れられたりしていた──を思い出す。

 義父がバイだったのか少年嗜好があったのかなんて知らないし知りたくもない。でも俺は、あの風呂場での一件以降、性行為を不潔なことのように感じている。
 そして、あの日から、義父との関係は悪化の一途をたどり、母親とも上手くいかなくなった。徐々に家に俺の居場所はなくなり、高校に入ってからはほとんど家に帰らなくなった。それから勝手に高校を中退して家出して……。


  「ああ、淫姦でもされた?」
 なずなは事も無げに言った。そして続ける。
  「そんなの良くあることさ。本人にしてみれば傷に感じるだろうさ。でも、それだけ色が備わってたんだと思いなよ。そンでさ、絶対次はタダでやらせない、って誓うんだ。あっちらは商品だから。お客様に一時でも春を感じてポカポカして頂く為にいるんだ、って。芸も大事。でも体の暖かさって本当に人を癒すんだ。だからあっちは売れちゃあいないけど仕事に誇りを持ってる」

 会話から、恐らくなずなにも似たような経験があるんだと感じた。それでも自分なりに折り合いをつけて、芸の世界で生きていくと決めてからは血が滲むような努力をしてきたに違いない。
 なずなの傷はなずなのもので、俺の傷は俺のものだけど、小さく縮こまったままの自分が情けなく思える。

  「……なずな、達観してるなぁ。何歳なんだよ」

  「十と三つだけど?」

  「じゅ、じゅうさん!?」
 そりゃ年下だとは思ってたけど六つも下?
 荒れるしかできなかったあの頃の俺とは全然違う。体も中身も随分大人じゃん……確かに俺が十六でも通じるはずだ……。
 
「ほら、出るよ」
 なずなが浴槽から立ち上がる。
「私は今から菖蒲さんのお座敷と、褥が二人だ。ゆっくりしてられない。百合は権さんのところに行きな」

  「お、おお」
  なんで権さん? 権さんから菊座の広げ方を習うのか? 上手くやれるかなあ……本気まじ


  「そうだ、百合」
 風呂場の前室。自分で指を入れるのを想像して、ボヤっとしながら浴衣を羽織る俺に、飲水用の樽から水を掬ったなずなが振り返る。

  「まだアンタを認めたわけじゃないから。特別な名前をもらったこといい、権さんがアンタだけの金剛についたこといい、なんの結果も出していないアンタには納得できないことばかりだ。他の陰間達も同じさ。ようようお気をつけなんし」

 言い終わるなり、なずなは持っていた水をバシャッ! と俺にぶっ掛けた。おかげで浴衣がずぶ濡れ。

 くっそ、アイツ……。ちょっとでも分かり合えたなんて思って損した。
  見てろ。ぜーったい見返してやる!

  鼻息荒く浴衣の水分を絞った俺は、権さんの部屋へと向かった。
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