枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
17 / 149
陰間はツラいよ!?

陰間失格

しおりを挟む
 翌朝、華屋の大広間で亀みたいに首を窄めて縮こまる俺の前には、鬼の形相の女将と苦虫を噛み潰したような旦那。
 斜め左前には昨日の妖しい色香がすっかり抜けて、福の神みたいな微笑で鎮座する咲華・牡丹さん。そして後ろには俺と同じく縮こまった権さんだ。

 昨夜牡丹さんの褥仕事が明けると、牡丹さん付きの金剛におぶさられた俺は若草部屋へ投げ捨てられた。
 なずな達若草はそんな俺を冷ややかに一瞥しただけだ。
 俺は、恥ずかしさと目の当たりにした牡丹さんと坊さんの行為に神経が昂って、一睡もできなかった。



  「このっ……恥さらし! 裸で店ン中を走り回った挙げ句牡丹の部屋に忍び込むなんて。首を切られても仕方ないよ!」
 女将にこれ以上ない怒号を浴びせられ、亀どころか豆粒ほどに小さくなりたいと思う。

  「まあまあ、女将さん。私なら大丈夫だよ。趣向としては面白くてしとねがノったし、寛永様もお悦びになっていたんだよ? なんならまたしような、とおっしやって·····ふふふ」
 牡丹さんは赤面を両手で隠しながら、鈴が鳴るようにコロコロと笑った。

  ……なんだろう。昨日は凄い色気だったけど、中身は天然な人なのか?

  「牡丹、そうは言うが……」
  旦那は頭を振った。

  「旦那、女将、俺の力量不足だ。すまねぇ、こんな一大事になるとは」
 権さんが正座のままズズイ、と前に出て平身低頭に謝罪する。

  「権さん、やめてよ。悪いのは俺だよ。考えが甘かったんだ。権さんはなにも悪くないよ。ごめんね、権さん……」
  「五月蝿い!」

 俺が権さんの頭を上げようとするのを、女将の雷が稲妻を落として断つ。

  「そうだ、悪いのは百合だよ! こんなの、他の茶屋でも前代未聞だ! えぇい、どうしてやろうか。とにかく! しばらく芸の稽古は参加禁止だ。朝から晩までは下働きをやんな! 厠から湯殿の掃除、食事の用意まで全てやるんだよ。夜から朝までは仕入れに専念しな! この失態の落とし前、必ずつけてもらうからね!」

 ヒイィィィィ。怖い。

 鬼の女将の迫力に、俺はウンウンウンウンと激しく首を縦に振った。

  「そんな……こんなに可愛い子のに可哀想だよ。女将、私の顔に免じて許してやっておくれよ。ほら、百合。私の部屋においで。おはぎは好きかい?」
  牡丹さんが福の神の微笑みで俺に手を差し伸べてくれる。

 うわーん、いい人だ。いい人がいる!

 俺は両手を伸ばして牡丹さんの手にすがろうとした。が、バシン! と旦那の手刀に遮られてしまった。
 顔を上げると旦那まで鬼の形相になっている。

  「牡丹、甘やかしちゃいけねぇ。これは華屋の面子に関わる一大事だ。今回は牡丹の願いでも聞けねぇよ」

  「おや……穏やかでないねぇ。仕方ない。私がいても役に立たないなら、そろそろ稽古に出てくるよ。じゃあね、百合」
 牡丹さんはにこやかに言うと、しゃなりしゃなりと部屋から出て行った。

 は~、歩く姿も綺麗だな。なんか聞いたことあるかも。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は」
  ……なんだっけ。

  「百合! なに呆けてんだい。お前もすぐに仕事だよ、まずはお使いに出て行きな! 権は今日は小花の踊りの稽古に出てもらうよ!」

 俺と権さんは頭を畳にすりつけてお辞儀し、それぞれの仕事をする為に用意をした。

 出る直前に権さんが「百合、気をつけて行くんだぞ。外には色んなやからがいるからな」と心配そうに言ってくれる。

 権さん、こんな俺なんかに優しい言葉を·····。
  「ごめん、権さん。俺、権さんが嫌いなわけじゃないんだ。だから見捨てないで·····」
  「ああ、わかってる。大丈夫だ。ちゃんと最後まで世話してやるから。ほら、早く行け。くれぐれも気をつけてな」

 権さんに頭を撫でられ、情けなくも涙目で頷く。まるで子供だ。
 江戸に来てから十六になれなんて言われて、本当に子供返りしちゃったのかな。


  ***


  「昨日は気づかなかったけど、このあたりは綺麗に整備されてるし栄えてるんだな」
 初めて一人で歩く江戸の町の空気は澄んでいた。時代劇で見るように、道路は土と石で綺麗に固められ、両脇には柳が揺れている。

 いくつかの陰間茶屋と遊郭らしき建物を抜けると、賑やかな商店街が立ち並んでいて「花街を抜けたらすぐに店に出るから迷う心配はない」と言われたけどその通りだ。

 江戸の活気ある風景に沈んでいた心が少しだけ緩んで、言われた使い物を揃える為に店を回る。


  「豆腐に人参、これは……蒟蒻、かな。肉類が全く無いな」

 そういえば陰間は体臭を抑える為にも食事制限があるんだとなずなが言っていたっけ。 
 肉や魚も厳禁。芋類も最中にポスッとやったら一大事だからと食べないそうだ。腸の通りを良くしつつ、残渣が少ない食事内容を守ることが大切らしい。

  陰間は辛いよな。中身は成長期の男がこんな粗食で稽古や舞台、褥仕事までこなすんだから。




 店を回り始めて一時間はかかっただろうか。最後に線香を買って篭に入れた。
  「よし、これで終わり」

 ふぅ、と一息ついて華屋の方へ体を向ける。すると「おお?えらいべっぴんさんがおるやないか」と関西を感じる言葉の男に顔を覗かれた。

 なんだぁ? こいつ。昼間から酒くさっ。小脇に評判記陰間茶屋ガイドブックを持ってるから、他所から来た旅人か? 

  「すいません、急ぎますので」
 酔っぱらいには関わるべからず。静かに言って立ち去るべし。これ、居酒屋でバイトをしていた俺の処世訓。でも、下げた頭を上げる途中で肩をぐい、と掴まれた。

  「お前、その髪からすると男か? ははぁん、流しの陰間ってとこやな。よし、今から俺が買ったる。そこの甘味屋で話ししてから宿へ行こか」
  「ちょ、ちょっと。俺は違う·····」

 強引に腰を寄せられ、慣れない草履と重い荷物で足が滑って、男の肩に寄りかかる形になった。それで男は気を良くして、さらにグイグイと俺の体を引き寄せる。

 俺とさほど変わらない背丈のこの男なら、突き飛ばすのは造作もないけど、俺が華屋の者だとわかればまた問題になる。正当防衛でも旅人を傷つけるなんて、今の俺の立場じゃどうなることか。

  「あの、俺は違うんです。ただのお使いで·····」
  「こんだけ色のある男がお使いなわけないやろ。照れんでもええ、金もちゃんと出したるから。ほら、ええやろ?」

 もう! なんでこういう奴らはリアルでもドラマでもお決まりのセリフを言うんだ。

  「本当にお許しください」

 俺は一旦身を縮めて、男の腕から逃がれようとした。が、あろうことか男は「ツレんこと言わんといてや、ほら、こっちへ寄り」と口元を俺の頬に近づけてきたのだ。息は臭いし、髭はジョリジョリ気持ち悪い!

 こんにゃろー。我慢の限界だ。
 でも、ここではっ倒したら俺にはもうあとが────

  「いででででで!」
 男の体が急に離れる。
 驚いて顔を上げると、背の高い影が男の腕をひねり上げていた。
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

処理中です...