枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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出逢いと因果

焦がれ 参

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  「君一がー好きだからー僕は強ォくなれるぅー。決して離さなーーい。たとえ離れてもぉ、必ず君を見つけるよーぉ、うぉう、うぉう、いぇー♪」

 ふぅ。やっぱり「sakusi-do」の最新曲はいい。楽曲提供の「A」の力もあるけど、センターの柳澤楓真がまた歌が上手いんだよなぁ。
 歌ってるとモヤモヤを忘れられる。

  「願えばぁ、必ず叶うから~」
 よし、最後のフレーズ、決まった!


  「良い声じゃないか」
 手伝いの掃除で使った箒をマイクにしてポーズをつけていたら、急に後ろから声がして肩がビクッと揺れた。

  「保科様……戻ってらっしゃったんですか。お帰りなさい……」
 恥ずかしさに箒を後ろへ隠す。

  「ただいま。そんなに臆さなくて良いじゃないか。こっちへ来てもう一度聞かせておくれ」
 保科様は縁側に腰を掛けて俺を隣に促した。

「うぅ」
 すっごい吸引力。なんなの保科様、妖術も使えちゃうんじゃないの? でも、だめだめ。あんまり近くにいすぎたら情が移っちゃうからね!

  「や、俺、掃除やっちゃわないと! 落ち葉片付けてきます!」 
 俺はそそくさと場を立ち去った。
  

 そして夕刻の読書時間。
  「百合、なにか距離を感じるのだが」  

 いつもなら保科様と肩を並べて、字を習いつつ「芸の歴史」を読むのだけど、今日は五十センチほどの空間を開けている俺。

  「や、字もわかるようになったし集中してるだけです」 

  「そうか? どれ、どこまで読めたんだ?」
 保科様がニコニコと距離を詰めてくるから、俺は急いで立ち上がった。

  「あーー! そうだ、俺、用事を思い出しました! ちょっと行ってきます!」

  「え?」

 本を置いて急いで廊下に出る。
 やばい。意識しすぎ。絶対挙動不審だよな、俺。でも……嫌なんだよ。保科様のそばにいるとドキドキする自分も、なのに保科様のそばにいたいと思ってしまう自分も。こんな自分、おかしい。

 ────認めたくないんだ。保科様が好きなんだ、って。

  「は……もう認めてんのも同然じゃん」
 でも今ならまだ引き返せる。
 俺のこの思いはヒヨコの刷り込みと同じで、知らない世界に来て初めて甘えさせてくれた人に信頼を寄せているだけ。もう少し江戸に慣れて知り合いも増えたら変わるるはずだ。

 だから、早くここから出なきゃ。少しでも早く保科様から離れなきゃ。


  ***


 夜を迎え、昨日と同じに保科様の寝所に向かった。時間を置けば言い出しにくくなる気がして、入ってすぐに頭を下げる。

  「保科様、お願いがあります」
  
  「どうした?」

  「はい。今日中に仕入れをお願いします。昨日は急がなくていいっておっしゃったけど、いつまでもお世話になるわけにはいきません。俺、一刻も早く華屋に帰らないと」

 保科様は黙ったまま俺に膝を近づけ、床についた額を上げるよう肩に手を伸ばした。
  「ここにいるのが嫌か?」

  「……っ。違います。でも、ダメなんです」

  「わからないな。今帰っても稽古も中途半端だ。仕入れだって一日で終わるものではないんだよ? 仕事に熱意を寄せるのは素晴らしいけれど焦り過ぎだ」

  「そうだけど……でも……」
  まさか保科様に情を寄せてるから、本気になる前に離れたいからだ、なんて言えないよ。

 保科様は口ごもる俺を昨日みたいに引き寄せて、胸の中に迎え入れた。広い胸板に頬が当たる。

  「や、やだ……っ」

  「百合? 何を胸中に溜めているんだ。過去のことで泣き足りないならまたここで吐き出せば良い。私に気を遣うことはない」

 頭を振ると、保科様の着物の合わせから昨日と同じ匂いが強く香って、胸がぎゅっ、と締めつけられる。
  「違います。そんなんじゃないんです。いいから早くして下さい。じゃないと俺」

 どんどん貴方を好きになるから──

 言えない思いをグッと飲み込む。
 俺は浴衣と下帯したぎを脱ぎ去り、布団の上で四つん這いになった。

 恥ずかしさと情けなさで震えてくる。仕入れだからってこんな格好、保科様すきなひとの前でしたくないよ。
 だから早く。
  「早く終わらせて下さい!」

 俺が言ったのと同時だった。
 保科様がふわりと俺が包んだのは。
  
  「!」
  「できるわけないだろう。傷ついた小鳥のようなお前にどうしてそれができるものか。百合、こちらを向きなさい」

 さっきまでとは違う、優しいけれど強い声色。
 力が抜けてへにゃへにゃと腰が落ちてしまう俺を、保科様が抱きすくめてくれる。

  それでまた、涙腺崩壊。
 なんだよもう。江戸に来てからの俺、旦那が言うように脳ミソのネジがどこか外れたんじゃないのか?

  「保科様、駄目です。俺、保科様に優しくされたら先を望んでしまう。保科様の暖かさを知ったら、もっと、もっとって欲張りになるんです。保科様は皆の保科様で、心に決めた人もいるってわかってても、保科様の全部が俺に向けばいいって思ってしまう……!」

 ああ、吐き出してしまった。
 もう、思いを自分でコントロールできない。

  「百合……」
 保科様が眉間に皺を寄せて俺を見ている。
 困らせてごめんなさい、保科様。こんな邪な気持ちを抱いてごめんなさい……。


  「なんの話だ」

  「へっ!?」

  「いつ私に心に決めた相手ができたんだ」

  「はひ?」

 えっと。それは俺が聞きたいし、この流れ、場面展開的におかしくない? 今はシリアスなシーンでしょ? 変な声出ちゃったじゃん。

  「あの……朝起こしてくれた人が……」

  「たえさんか……ああ、それはあれだな。半年ほど前に……」

 話はこうだった。
 半年ほど前、ご両親から保科様に「そろそろ身を固めたらどうだ」と話があり、多くの縁談が持ち込まれたそうだ。
 困った保科様は苦肉の策で「心に決めた相手がいる」と言ってしまった。しかし紹介しようにもそんな相手はいない。それで「まだ一方通行だからあちらの気が向くまで待って欲しい」と言ったそうだ。

  「その話が屋敷中に伝わり、尾びれが着いたのだろう。たえさんは良い人だが噂話が好きだから」
  保科様はハハハと笑った。

 ええー、そう言うオチ……? いや、でも!
  「だからって保科様は皆の保科様に変わりないし、いつかは結婚だってするんでしょう? だったら俺は……」

  「百合」
 保科様はうつむいた俺の顎を持ち上げる。

  「私はね、誰かを恋しいと思ったり色恋に身を起きたいと思ったことは一度もないんだ。環境に恵まれすぎているのかもしれないね。有難いことに幼い頃からどこにいっても多くの人に良くしてもらえる。そこには様々な好意があろうが、私はその人達の好意に笑顔を返すだけで精一杯なのだ……度量の小ささに呆れるか?」
 
 俺は頭を横に振った。現代でも珍しいことじゃない。恋愛感情はあってもそれに重きを置かない人は多くいるし、誰に対しても恋愛感情を持てない人だっている。

  「そんなこと、思いません。俺の知り合いにもそんな人はいるし……理屈で人を好きになるんじゃないと思うし……」
 なにより、保科様に思い人がいるよりは、ずっといい。

  「そうか、百合がそう言ってくれて安心したよ。それに……」

 それに?
 保科様を見上げると、目元も口元もなだらかな線を描いていて、小さな猫でも可愛がる時みたいな優しさを浮かべている。そんな目で見られたら、俺の胸、またぎゅっとしちゃうよ。

  「百合が一生懸命に私を思ってくれる姿を見ていたらとても心が暖かくなった。とてもいじらしいし、愛しいとさえも思う。このようなこと、初めてだ」

  「え、それはどういう……」

 言葉を言い切る前に、額に保科様の口づけが降りてくる。
  「百合、今日は少し前に進もうと思う。良いか?」


 返事をする前に、もう体は動いていた。
  俺は保科様に両手を伸ばし、その肩にしがみついた。
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