枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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出逢いと因果

焦がれ 弐

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 朝目覚めると、既に保科様の姿はなかった。
 情けなくも俺は、女中さんが起こしに来てくれるまで熟睡をかましていたのだ。


  「起きるまで寝かせてやってくれって言われたんですけどね。まさかここまで起きないとは思わなくて。朝四つじゅうじからお稽古があるでしょ。だからごめんなさいね」
 女中さんが食事を出してくれながら頭を下げる。
 保科様があんな方だから優しさが伝染するのか、類友原理で集まるのか、保科邸で働いている人達は皆優しい。

  「いや、すいません。恥ずかしいです」
 俺はぶんぶんと頭を振った。

 でも、久しぶりに凄く眠れた気がする。周りには図太いとか思われてそうだけど、江戸に来てからはあんまり熟睡はできていなかったんだ。 やっぱり環境が違うしね。江戸時代の、特に若草の布団は薄くて寒いんだもん。

 それが昨日は上等の布団に、保科様という抱き枕、いや、抱かれ枕か。腕枕つきでふんわり包まれて、二、三言会話をしたらもう熟睡してた。

 座ってハグしてもらった時も思ったけど、人肌って暖かいんだ……あんなふうに包むみたいに抱かれたら、相手が他のひとでも同じように気持ちいいんだろうか。

 ……男に抱かれて気持ちいい、って。俺は女子か! いや、いいんだ。女形になるべく女心も掴まなきゃなんないわけだし?

  「百合さん、さっきから百面相ですよ。昨夜は余程お楽しみだったのかしら」
 女中さんがクスクス笑う。

 お楽しみ!? それってどういう意味?
  「や、あの、別に。仕入れもまだやってないし、ただ一緒に眠ってもらっただけで……」

  「ふふ、わかってますよ。若様はみせの子とは深い関係は持ちませんからね」
 からかってすいません、と舌を見せる。

  「えっ。どういうことですか」

  「そりゃこのあたりの管理をされてるわけですから。誰か一人を贔屓にせず、公平にしてらっしゃるんですよ。ここいらは茶屋だけでなく遊郭もありますから、凄い人数でしょ」

  「でも楓……うちの大華が褥に来てくれってせがんでたけど……」

  「ああ、それは褥仕事の時間なら若様もゆっくり時間が取れるから。登楼して行かれてもお話しをされるだけで、お酒の匂いもさせずにお戻りになりますよ。それを順繰りに回ってらっしゃるんだから、若様は真面目な方です」

 マジか……。
 なに、そのいかにも「全ての民に幸せを」みたいな王子様的行動。
 で、陰間茶屋にも遊郭にもフォロー入れてるんだ? プロデューサー力凄すぎないか?

  「けど、それじゃあ俺を世話したり……その、仕入れまで面倒見るっていうの、珍しかったりするんですか?」

 なに聞いてんだ俺。
 そんなこと聞いて、どんな返事を期待してるんだ。

  「あら、いいえ。百合さんの他にも過去に何人かはお世話してらっしゃるんで。気の弱すぎる子とか、店から頼まれた子とか。ほとんどは将来性の高い子でしたけど。水揚げは元より、仕入れを名のある方が請け負うと、その子の価値が上がりますでしょ。だからそのあたりは育成管理の範囲なんじゃないでしょうか」

 ……ふーん。別に特別なことじゃない、と。これも「育成管理の範囲」だと。
 ま、そうだよね。いーよいーよ、わかってる。保科様も女将達にそう言ってたもん。

 そんなことより、早く飯食って練習に備えないと! ……って思うのに、なにかが喉を圧迫して箸が進まない。
  なんだ? さっきまで腹が減ってたのに。

  「あとはまあ……若様には思い人好きな女性がいらっしゃるので。遊ばないのはその方一筋だからだと聞いてますけど。ふふ、内緒ですよ」
 女中さんは含み笑いをしながら、お盆に空いた膳を乗せて出ていった。

 いや、内緒にする気ないでしょ、その顔。いつの時代も女性は噂好きなんだから。

 ていうか。
 へー。あっそ。好きな人がいて一途って言う噂、ね。

 ……噂じゃなくて本当なんだろうな。そりゃ、あんな完璧な人なら恋人もいるだろう。

 手が鳩尾みぞおちの下に伸びて、無意識にさすっている。なんだか胃が重い。   
 もしかして俺、気にしてんの? 保科様には特別がいることに。保科様には俺が特別じゃないってことに。

 いやいや、待て、俺。

 保科様はそもそも俺が客の相手をする為に世話してくれてるんだから、特別もなにもないだろ。少しばかり優しくしてくれてるからって流されてるんじゃねぇよ。いいか、保科様は俺が「商品として大事」なだけだ。そのへん弁えとけ。

 顔を左右にぶるぶるっ、と振る。

 やばいやばい。弁えとか、その思考がもうやばいでしょ。江戸の男色事情に早くも毒されてるぞ。保科様も俺も男じゃん。こんな考え方、まるで俺が保科様を好きで、叶わない恋を諦めようとしているみたいじゃないか。

  「好っ……?」
 ないないない!
 断じて俺は男色じゃない。男相手に恋をしたりしない。保科様には同じ男として憧れがあるだけだ。

  「ないよ……」

 そう思うのに、やっぱり胸がつかえていて、食事はもう喉を通らなかった。
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