枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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出逢いと因果

焦がれ 壱

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 風呂場で体を綺麗にしたあと、保科様の寝所の襖を開いた。

  「保科様、準備できました」
 迷いはしないと決めたものの、いざとなると緊張する……と言うより……。

  「どうした? 入りなさい」

  「や、なんか照れちゃって」
 敷かれた蒲団を見て顔が赤くなる。

 俺は初めてを捧げる生娘か! いや、まだ童貞なんだから似たようなもの? 待て待て。違うだろ。仕入れは指で慣らすだけなんだから、童貞を捧げるわけでは……。
 「百合」
 保科様の声がかかり、ぴんっと背が伸びる。

  「なにやら頭の中で考えているな? 大丈夫だ。おいで」
 保科様は正座を崩し、軽く脚と腕を開いて俺を迎えるポーズを取った。

 お      い      で      

 って。
 どんだけ慣れてんの。どんだけイケてんの。この人絶対女も男も泣かせてるだろ……。

 「……お邪魔します」
 遠慮しつつ、その中へちょこん、と正座する。すると、保科様の腕が俺を優しく包み、足を崩させて胸にもたれやすい姿勢にしてくれた。

 わ……なんか、ふんわりする。洗剤のコマーシャルでこういうのあるよな。洗いたての服を着て、親が子供を優しく包み込む、ってやつ。

  「いい匂い、します」

  「ああ、気持ちが和らぐように香を使ったんだ。嫌いな香りじゃなくて良かった」

  「好きです。いい匂い」
 香りに満たされたくて、鼻先を保科様の胸元へすり付けた。

  「積極的だな」

  「! 違います。そんなつもりじゃ……ただ俺、小さい頃からこんなことしてもらった記憶がないから……」

 そう。物心ついた時には父親はいなくて母親は働き通し。甘える暇なんかなくて、いつの間にか居着いた男が新しい父親になってからは喧嘩ばかりだった。

   「そうか。じゃあもっと甘やかしてやろう」
 保科様はそう言うと俺の脇を掴んで、膝に跨がせて座らせた。

  「わわ」
 保科様と向かい合い、体がぴったりとくっつく。保科様の手は俺の体を包み、俺は保科様の肩にしがみついた。そのうち、保科様の片手が俺の髪を優しく撫で始める。
 
 保科様の家に来てから甘やかされ通しで、ずっとフワフワしてるけど、過去の記憶を遡っても思い出せないような暖かい触れ合いはもっとフワフワしていて、照れくさいのに凄く暖かい。

 ──本当に子供になったみたい。

 暖かさが鼻先や目頭まで移る。泣く前みたいにジンとして、ヤバ、と目をきつく閉じた。

  「今まで良く耐えたな」

  「う」
 その言葉は俺の心を決壊した。
 寂しさに耐えている自覚なんかなかったけど、無意識に作っていたらしいハリボテの壁が一気に崩れて、涙がどっと溢れ出す。

  「声を抑えなくて良い。気が済むまでこうしていてあげるから」
 保科様はいっそう優しく俺の髪や背を撫でる。

 こんなふうにされたら、もう止まらない。
 十九にもなって、俺は初めて人目を憚らずに泣いた。



  「……すいません、もう大丈夫です」
 蝋燭がニセンチほど溶けた頃、俺はようやく顔を上げた。
 保科様の浴衣の肩から胸あたりが、俺の涙でぐしょぐしょになっている。
  「すいません、俺……」

  「謝らなくて良いんだよ。あぁ、ほらまだ涙が出ている」

  ちゅ、と音がして、キスをするように、保科様が俺の涙を拭った。

  「わ」

 ちゅ、ちゅ、とキスは続く。
 やがてそれは頬や鼻筋、瞼にも降ってきて、心の棘を払ってくれるような心地良さに、身も心も全て保科様に預けきる。


  「百合、触れても良いか?」
 とても自然に問われて、俺も自然に頷いた。


 保科様は再び俺の顔や首にキスをしながら、手のひらを俺の胸元へと差し込んだ。その手はそのまま背中へすり抜け、触るというよりも緩いマッサージみたいに優しく動く。

 やがて手のひらは臀部しりまで降りようとしたけれど、尾てい骨をそっとなぞるとまた背へと戻った。
 太ももにも手は伸びたけど、さわさわと円を描いただけで、には触れなかった。

  「保科様……?」
 気持ちはいいけど、気持ち良さの種類が違うっていうか、このままじゃ仕入れに到達するには程遠くて、焦れったささえ感じてくるから不思議だ。

 保科様は俺の心を読んだみたいに少し口角を上げた。

  「今日はここまでだ。さあ、そろそろ寝ようか」

  「えっ!?」
 終わり!?

  「どうした。急ぐ必要もないだろう」

 いや、なんならこのまま最後までいけそうな……いって欲しい気分満々だったんですけど。
 あの、もうちょっとだけでも触って欲し……

  「明日も三味線と鼓、茶の稽古を入れてある。備えなさい」
 保科様がキリッとした表情で浴衣を整えて正座になる。こうなると俺だけが盛り上がるわけにはいかなくて、気の抜けた返事で自分の寝所に戻るしかなくなった。

 狐につままれたような気分だ。仕入れってなんだっけ??

 俺は首をひねりつつ、襖に向かった。
 「百合、何処に行くのだ」

  「え? 終わりでしょ? 部屋に帰ります」

  「今日からはここで眠るといい、抱きしめて寝かせてあげるよ。おいで」

 褥とは違う、たっぷり綿が入った分厚い一枚布団の上、保科様がこれまたふかふかの夜着かけぶとんをめくって俺に微笑む。
  
 抱    き    し     め     て     あ     げ     る     よ     お     い     で

 だめだ、この人天然の人たらしだ。それで、凄い焦らすじゃん。やばい。違う意味で近寄ったらダメな人種。俺、絶対泣かされる。

 ……と思いつつ、保科様のあったかい腕の誘惑からは逃れられない。
 俺は無言で布団に滑りこんだのだった。

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