枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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出逢いと因果

優しい人

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 保科邸に来て四日。

 朝食後から保科様が仕事から戻られる夕刻までは、みっちりと芸の稽古が入っている。舞踊に三味線、鼓に笛。果てはお茶にお花まで。
 道事はともかく、芸には自信があったのに、やっぱりダンスやギターとは違う。全然形にならなくて、稽古ではお師匠さんには叱られてばかりだ。


 夕食後からは保科様とお話したり、一緒に本を読んだり将棋を指したり。もてなし上手な陰間になる為に、知識分野の育成を兼ねてのようなんだけど、保科様がずっと一緒にいてくれて、その上凄く優しく接してくれて……いっつも暖かい眼差しを向けてくれるから、俺、甘やかされている錯覚を起こして、凄くフワフワする。

 で。

 全然「仕入れ」をやらないし、言われないんだけど、いいのかな……。

  「うん? どうした、百合」

 今夜は保科様の手伝いで書を書いていた。関係各所に出す書状手紙の宛名書きみたいなものだ。

 学はない俺だけど、中学に上がるまで書道をやっていたから、これだけは失敗なくできている。なのにその途中で仕入れのことが気になり、手が止まっていた。

   「あ、すいません。続きやりますね」

 「疲れたか? それともなにか気に病むことでも?」

 保科様はたいを表すような美しい文字を書きつつ俺を見た。見透かすような瞳。保科様には隠し事はできない気がする。

 「その……仕入れをやらなくていいのかなーって」

  保科様の手が止まる。

  「やりたいのか?」

  「やっ、あの、その」

 そうストレートに聞かれると返事に困る。したいと言うより「しなければ」と言う義務感の方が強いのだから。

  「ふふっ。からかって悪かった。そうだな、百合。きちんと確かめておくが、お前は本当に陰間になりたいか?」

 笑ったと思った保科様の顔が真剣になる。保科様は筆を置き、俺の方に膝を向けた。
 
  「私はね、悪かったと思っているのだ。お前が大川に引き上げられた時、息があるのを知って生きて欲しいと願った。そして百合の気持ちも聞かずに華屋に預けた」

  「どうして俺なんかを……」

 聞きながら思い出す。華屋を出る時に保科様がおっしゃっていた「因果」の話を。

  「なぜ、はないんでしたっけ」

 俺が先に言うと、保科様はふ、と口元を緩ませた。

  「ああ、そうだ。全ては因果なのだから……だが、今回に関しては少し違うのだ」

  「え?」

  「お前を見た時、川に身投げをした者だというのに、生きようとする強い意思を感じたのだ。それに、不思議なのだが、私の瞼にはお前が芸の世界で輝く様子が鮮やかに浮かんだのだよ」

 強い意思……それだけは確かにあったと思う。川に飛び込んだあと、薄れゆく景色の中で、まだ死ねない。芸能界でナンバーワンになるんだと強く思っていたんだから。

  「百合、この江戸では芸の道に進むには陰間からの出世が一番なのは事実だ。とはいえ、お前の気持ちも確かめずにすまなかった。仕入れをやらないのはそのあいだに考えて欲しかったからだよ。この先どう生きるかを。今ならまだ、寺や店へ紹介することもできよう」
 保科様は静かに言った。

  「俺は……」

 江戸ここに来てまだ一週間。それでも既に多くのことを見聞きした。 権さんや、なずな、牡丹さんに楓·····人となりまではまだ正直わからないけど、皆が真剣に芸と向き合っているのを充分肌で感じた。見世で舞台を見た時は、あの中に入りたい、って強く思った。
 そして、見知らぬ俺なんかに可能性を見出して、ここまで親切にして下さるる保科様。決意する為の土台はしっかりとできている。あとは俺の覚悟だけだ。   

 褥仕事をする、しないだけの問題じゃない(多分)。必要なのは、なにかと引き換えにしてでも叶えたいことがあるかどうかだ。
 うん、OK。わかってる。俺、やっぱりできる子! 色々ありすぎて迷走したけど、俺の夢は現代でも江戸でも同じだ。

  「保科様。俺、芸の世界で生きていきたいんです。稽古に励んで必ず芸能界でナンバーワンになると約束します。だから陰間としてももちろん、ナンバーワンになってやりますよ!」

  「なんばー、わん?」

 ガッツポーズを作る俺に、保科様は小首を傾げる。

  「一番ってことです」

  「ああ、そうなのか」 
 保科様は目を細めながら「なんばーわんか」と小さく繰り返した。
 なんだかそれがとても嬉しくて、保科様には一番にナンバーワンなった姿を見てほしい、って思った。

  「はい! だから、保科様が俺に教えて下さい。そうしたら俺はもう迷わないから」

 この優しい人となら、きっと。
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