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陰間道中膝栗毛!?
初舞台 壱
しおりを挟む睦月
江戸は新年を迎え賑やかだ。
華屋でも正月ばかりは陰間に少しばかりの肉や魚が振る舞われた。
また、他では初営業もあるけど、華屋では三が日は休養日を取り、陰間も仕事を忘れて休みを満喫する。
ちなみに、保科様の屋敷から華屋に戻って一週間でデビュー予定だった俺だけど、待ったをかけた人物がいた。
「だから! 何度言えばわかるんだ。手は下じゃない。指をお天道様に向ける気持ちで持ち上げるんだよ!」
「ひゃいっ」
「あぁ~、目線、目線! 一つやればこっちが立たず! もういい、先に笛の稽古に行きな!」
首根っこ掴まれて放り捨てられる。着物だからって首は苦しいし、着崩れるんだから、普通に腕とか背を押せばいいじゃん。
「早く行きな!」
「ふぁいっ、すいません!」
楓の勢いと眼力に圧されて、尻尾を丸めた猫みたいに稽古場をあとにした。
楓は初対面から印象最悪。綺麗な顔をしてるけど、俺の前ではいつも般若みたいに目をとんがらせている。稽古の時は特にそう。俺の所作を逐一チェックして、あれやこれやと指示を飛ばしてくるんだ。
でも、的は射てるんだよなぁ。保科様の邸での個人稽古で自信をつけて帰って来たものの、集団稽古での「合わせ」になると、どうしても一人だけ浮いてしまうのだ。女将や、権さんを始めとする金剛は範疇内だろう、と言ってくれるけど、今まで鍛錬を積んできた芸子連中は些細な乱れを許さない。
ただでさえ、どこから来たのかもわからない、あきらかに江戸時代の人間とは風貌の違う俺を不審な目で見ているのに、その俺が、保科様に目をかけられ、経験力も実力もないのに女将に「百合」をもらって、挙句には……。
「おっ、どうした小花、百合! 次は笛か? 気張れよ!」
笛を取りに荷物置き場に戻ると、権さんに背を叩かれる。
小花、百合……そう、保科邸から華屋に戻った俺の部屋は、小花の上四人が入る部屋に変わっていた。つまり、一人が下四人の部屋に、その中のさらに一人が若草部屋に降りたらしく、褥も舞台も未経験の陰間の前例のない出世に、他の陰間の俺への当たりは一層強くなっていたのだ。
だから俺が、少しでも下手を踏めば非難の嵐、ってわけ。それだけじゃなく、普段でも俺のだけ器の中のおかずが少なかったり、蒲団が濡れていたりもする。陰間達も賢くて、憎い俺がいても舞台構成に支障は出せないから、体を傷つけてきたりまではないんだけど……頼むから不満は溜めずにどこかで発散しといとよね、って願うよ。あとからドーンと来られちゃたまらないから。
「権さん、夜に踊りの型、ちょっと見てくれない? こう毎日、楓にどやされてちゃ身が持たないよ」
「おぅ、殊勝だな。任せとけ。まずは大華に認められねぇとな」
権さんに頭を撫でられ、ため息がてらに頷く。
まずは大華……楓に認められること。
悔しいけど、華屋でトップの楓の意見の影響力は大きく、時に、あの鬼女将の決断を覆すほどの力があった。
今回、俺の舞台と褥仕事のデビューに、一人反対を論じたのも楓だ。今の俺では恥ずかしくて、共演も座敷の相方もさせられない、って。
俺みたいな陰子は、華達の演目の後ろで踊ったり、華の座敷の時に一緒に上がらせてもらって、陰間の振る舞いや手練手管を学んでいくんだけど、最近やっと座敷のお酌を許された程度だ。
とほほ、だよ。本当に楓はきつい。それでも、確かに楓のカリスマ性も実力も認めざるを得なく、指導(いじめじゃなく指導だよな?)は筋が通っているし、的確だから、ひとつひとつクリアしていくのみだった。
そんな状況の中、突如俺の舞台デビューのお達しがあったのは、それから二週間ほど経った、大晦日も明日に迫った日の夕刻のことだ。それも五日後の新春初見世。
嘘だろ? と驚いたけど、どうやら楓や女将、旦那の中では新春見世に間に合うようには、と算段があったらしい。
正月に新春の初見世。目出度い日に目出度い売り出しを重ねるのは縁起がいいってことで、女将と旦那は嬉々としながらも、隠密理に売り出し作戦を練っていたのだ……おいおい、俺は福袋じゃないぞ。
***
「いやぁ、それにしても色気が増したもんだなァ、百合」
初舞台に行く準備を整えてくれた張本人の権さんが、首をひねるほどに俺に見惚れていた。
最後に刀と羽織を持たせてくれる──保科様から頂いた打刀と脇差。それから別れの朝に肩に掛けてもらった黒の羽織には、特別に月輪透百合の紋が入っている。
満月の中に百合が描かれているデザインには、周囲に流されず、物事の本質を見抜く眼を持つ、と言う意味があるらしい。これに恥じないように、と背筋が伸びる。
ただ、この刀と羽織に関しても、多くの陰間から歯軋りが聞こえそうなほどに睨まれた。
それもそのはず、名前に由来した鍔の刀や紋入り羽織は、華になった時に一番の贔屓客が送ってくれるのが習わしなのだ。なのに、まだ小花の俺が、しかも保科様から頂いたとあっちゃあ、そりゃそうなるよな。
あの、普段は福の神みたいに笑ってくれる牡丹さんでさえ、一瞬目を剥いたもんなあ……。
や、でもさ、保科様は俺を買いもしないし身請けもないからね。みんな、安心してよ。
「うっ……」
自分で思っておいてダメージを喰らいそうになったじゃん……深呼吸しよう。
──大丈夫だよ、保科様。心はいつも、あなたにあります。俺、ちゃんとやっていくからね。
権さんにも褥仕事の秘訣を教えてもらってるんだ。
それは……他の陰間もちょくちょくやってるらしい秘技。
「素股」だ!
***
「ん? 百合、菊座が随分解れやすいじゃねぇか。何度か弄るだけですぐにいい具合だな」
華屋に戻ってすぐ、権さんが仕上げに入った時のことだ。
「あー、うん。自分でも毎日やるよう言われて、コツ掴んだし」
「保科様はどこで手馴れて来んのかねぇ。これなら俺の挿入は要らねぇよ。百合、怖がらなくもなったし、弄られて悦がることもないとは精進したな」
権さんは満足気に、俺の臀をペちぺちと叩いた。
「あ、ははは……」
笑って誤魔化すしかない。あの一夜は永遠に二人だけの秘密だから。
俺はもう、あれ以上に感じることは二度とない。あとは仙人のように客を受け入れていくだけだ……権さんに仕上げをされなくてホッとしちゃったのはゴメン。
「そうだ、百合、ならアレを教えとく」
「アレ?」
「股をグッと締めな。それでこう、相手の茎をおめェが誘導してだな。挟んだらすぐ通和散を塗りこんだ手で先を包んで、あとは技と演技しだいだな」
「え、それ素股ってやつじゃ……大丈夫なの?」
「まあ、やってみろ」
そうして権さん相手に秘技を習得した。力の入れ方、通和散を使うタイミング、手の動かし方。そして後始末の方法まで。
なるほど、素股ってこんな感じなんだ。確かに行燈しかない暗がりなら上手くやれそう。
終わったあと、権さんはもう少し説明を加えた。
「ただし使える客は限られるから見極めて使いな。もちろん熟練の客には使えねぇ。あとは無理な姿勢や縛りを好む客もいるからな。そうなると使えねぇな。まあ、酷いのは俺が出て行くけど」
無理な姿勢……牡丹さんが坊さんにやられてたのもそうだけど、他の陰間が、アクロバティックな姿勢を強要されて参ったと話しているのを聞いたことがある。
現代でもそういう店もあるもんな。なるべく当たりたくないけど……。
***
そんなわけで、一応準備は万端。今日が俺の見世デビューだ。
もちろん褥の予約はまだ取らずに、客を集めてから競りみたいに高値をつけると旦那がほくそ笑んでいたけど、そんなに上手いくのかな……。
「百合、出るぞ!」
「はい!」
権さんの声にふうっと息を吐き切り、刀を握りしめて心を落ち着けた。
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