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陰間道中膝栗毛!?
菊華 菖蒲 壱
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翌朝、華屋一階の大広間に、華屋の陰間全員と金剛達が一斉に招集を受けた。
牡丹と昨日の四人の小花達の姿はなく、事の顛末が報じられた広間の中は、重々しい空気が淀んでいる。
その広間で一人、他人事のように声を発したのは菊華の菖蒲さん。
「まぁ。そんなことがあったんだねぇ。私はなぁんにも気づかなかったよ」
のほほーんとでも表現すべきか、場にそぐわない、気が抜けるような調子で首をひねった。
女将は菖蒲さんを見てから咳払いを一つ落とし、再び話し出す。
「とにかく、以前から陰間同士の折檻や性交は固く禁じている。アンタら、しっかり誓約書を確認しな。牡丹達は破門だよ。そして、今回の騒動は華屋から持ち出し禁止だよ! 皆、わかってるね!」
一旦落ち着いたと思ったのに、途中から荒々しく怒鳴って唾を飛ばすものだから、前列の陰間達は身を縮めてこっそりそれを避けている。
「え、破門……って、牡丹達どうなんの?」
後列にいた俺は、思わぬ決定事項に驚き、独り言に近いくらい小さな声で呟いた。
「もう江戸にはいられないよ。もちろん陰間も芸の仕事も無理だ。金も持たされずに追い出されて、あとは乞食同然さ」
俺の横にいたなずなは顔色一つ変えずに言う。
「そんな……可哀想だろ……」
「はあ? お前……頭、腐ってるんじゃないか? だから牡丹さんの裏に気づかなくてあんな事態になるんだよ」
「裏、って……なずな、牡丹の二面性わかってたの?」
俺がごしゃごしゃ言っていると、女将が「そこ、聞いてんのかい! だいたい百合がボケっとしてるから」と、おハチを俺に向けてくる。
ええ~? なずなも女将も酷くない? なんで俺が悪く言われるんだよ。甘いとかボケとか……確かに現代でも良く言われたけどさ。
でも……。流石に破門はキツイだろ……。
「幸せ掴む為に皆、必死なんだよ」
そう言った牡丹の顔が浮かぶ。
やられたことは絶対に許せないし、犯罪だけど、俺には少しだけその気持ちがわかる気がするから。
自分では生まれた環境をどうしようもできなくて、それでも足掻いて母親を傷つけてまで逃げ出した俺。上京して芸能事務所に入っても全くお呼びがかからず、オーディションは全落ちで、大手事務所の新人俳優がゴリ押しで映画の主演になった時にはテレビの前で罵倒した。
──なんでこんなに頑張ってんのにダメなんだろう。どうしてなんでも持ってる奴がいつも上手くいく人生なんだろう。
俺もずっとそんなふうに卑屈だった。
それなのに、この江戸では特別待遇されてるいことに胡座をかいて、妬まれても俺が望んだんじゃなく周りが勝手にやってんだ、なんて思っていた部分がある。
でも、それじゃいけないと気づけたし、菊川社長が言ってた「謙遜は不要だけど謙虚さは持てよ」の意味がちゃんとわかった気がするんだ。
「女将、旦那。あいつらがしたこと、全部許せるわけじゃないけど、確かに俺も悪かったんだ。天狗になってたとこある。腹が立って当然だよ。だからこそ俺も変わるしあいつらにも変わって欲しい。頼むよ、破門になんかしないで、やり直し、させてやってよ……!」
皆の視線が俺に集まり、広間がシーンとする。
なずなはため息をついた。
楓は女将達と同じ並びにいて、いつも通り表情筋一つ動かさずに俺を見ている。
楓もなんとか言ってくれよ……頼むよ。
「それじゃ私からも一つ頼もうかねぇ」
口を開いたのは楓……ではなく菖蒲さんだった。
「なんだい、菖蒲、お前まで」
旦那が菖蒲さんの方を向く。
「いやね、私と牡丹ちゃんは同じ時期にここに来ただろう? 私が十四であの子は十二だった。まだ小さくてね。でも、一生懸命に励んでたのは女将さん達もわかってるだろう? たまにこうして、思い込んだら周りが見えなくはなる子だけど、それでも真っすぐ前を見ていたから必死で褥の数もこなしていた。だから増大寺さんがついたんでないかい? あの子は華として立派に務めを果たしてるよ」
皆の顔に、躊躇いながらも同意の表情が浮かび、菖蒲さんはにこっと笑って続けた。
「それにね、私からも丁度報告があるんだ。私ね、身請けして頂くことになったから、夏過ぎには年季を明けさせてもらうよ」
「な、なんだってぇ。聞いてないよ、菖蒲!」
広間が一気にざわつき、女将と旦那は白目を剥いている。
「ああ、今初めて言ったからさ。けど私も来年は二十だしねぇ。潮時だろう? 今晩には小山内様が話をつけにいらっしゃるから、頼むね、女将さん。つまり……華が二人も抜けちゃあ商売上がったりだよ? 後生だから一度だけあの子達にやり直す機会をやっておくれよ。私もここにいるあいだはきちんと見てるからさ。ね、楓ちゃんも見てくれるよね?」
菖蒲さんに微笑まれた楓の眉がピクリと上がる。
「菖蒲さんに言われちゃあね……」
「よし、決まりだね。女将さん、旦那さん、宜しくお願いします」
菖蒲さんが両肘まで付いて、深く頭を下げた。
苦々しい顔をしながら、女将は菖蒲さんから俺に視線を移す。
「百合、本当にいいんだね?」
俺はブンブン、と頭を縦に振った。
「女将、ありがとう! あと、皆、今までごめん。俺、環境に胡座をかいてた! 一生懸命やってたつもりだけどまだまだだな。また気持ち新たに頑張るからさ、なんとか華屋の仲間に入れて下さい!」
いつの間にか立っていた俺は熱弁を奮う。俺、大概暑苦しいヤツかも知れない。
そして……広間は、シーーーーン。
……外したか……? ダメか、やっぱり……。
なずなが何度目かのため息をついて立ち上がった。
「 牡丹さん達の処遇ことは私らにはわかんないから、女将と旦那の決定に従いますよ。で、そろそろ稽古の時間なんで、お開きでいいですか?」
「あ、ああ、そうだね。気張って行きな」
女将が頷いて、皆は揃って広間を出ていく。
──ああ、やっぱり俺、まだ認めてもらえないんだな……。
意気消沈して肩が落ちる。
菖蒲さんと楓は顔を合わせて渋い顔をしたけど、まだ座ったままでいて、俺が稽古に出て行くのを待ってくれている気がした。
とりあえず行かなきゃだよな……ああ、行き辛いったらない。
「百合、なにぐずぐずしてんだ。早く来な」
「……え……?」
なずな達が立ち止まり、廊下から俺を呼んだ。
「行くよ。仲間、なんだろ」
「……うん!」
多分この中では、菖蒲さんと実年齢十九の俺が最年長なんだけど、俺は誰よりも年下の気持ちで、まるで犬っころみたいに頷いて駆け出した。
俺は、華屋の百合だから!
牡丹と昨日の四人の小花達の姿はなく、事の顛末が報じられた広間の中は、重々しい空気が淀んでいる。
その広間で一人、他人事のように声を発したのは菊華の菖蒲さん。
「まぁ。そんなことがあったんだねぇ。私はなぁんにも気づかなかったよ」
のほほーんとでも表現すべきか、場にそぐわない、気が抜けるような調子で首をひねった。
女将は菖蒲さんを見てから咳払いを一つ落とし、再び話し出す。
「とにかく、以前から陰間同士の折檻や性交は固く禁じている。アンタら、しっかり誓約書を確認しな。牡丹達は破門だよ。そして、今回の騒動は華屋から持ち出し禁止だよ! 皆、わかってるね!」
一旦落ち着いたと思ったのに、途中から荒々しく怒鳴って唾を飛ばすものだから、前列の陰間達は身を縮めてこっそりそれを避けている。
「え、破門……って、牡丹達どうなんの?」
後列にいた俺は、思わぬ決定事項に驚き、独り言に近いくらい小さな声で呟いた。
「もう江戸にはいられないよ。もちろん陰間も芸の仕事も無理だ。金も持たされずに追い出されて、あとは乞食同然さ」
俺の横にいたなずなは顔色一つ変えずに言う。
「そんな……可哀想だろ……」
「はあ? お前……頭、腐ってるんじゃないか? だから牡丹さんの裏に気づかなくてあんな事態になるんだよ」
「裏、って……なずな、牡丹の二面性わかってたの?」
俺がごしゃごしゃ言っていると、女将が「そこ、聞いてんのかい! だいたい百合がボケっとしてるから」と、おハチを俺に向けてくる。
ええ~? なずなも女将も酷くない? なんで俺が悪く言われるんだよ。甘いとかボケとか……確かに現代でも良く言われたけどさ。
でも……。流石に破門はキツイだろ……。
「幸せ掴む為に皆、必死なんだよ」
そう言った牡丹の顔が浮かぶ。
やられたことは絶対に許せないし、犯罪だけど、俺には少しだけその気持ちがわかる気がするから。
自分では生まれた環境をどうしようもできなくて、それでも足掻いて母親を傷つけてまで逃げ出した俺。上京して芸能事務所に入っても全くお呼びがかからず、オーディションは全落ちで、大手事務所の新人俳優がゴリ押しで映画の主演になった時にはテレビの前で罵倒した。
──なんでこんなに頑張ってんのにダメなんだろう。どうしてなんでも持ってる奴がいつも上手くいく人生なんだろう。
俺もずっとそんなふうに卑屈だった。
それなのに、この江戸では特別待遇されてるいことに胡座をかいて、妬まれても俺が望んだんじゃなく周りが勝手にやってんだ、なんて思っていた部分がある。
でも、それじゃいけないと気づけたし、菊川社長が言ってた「謙遜は不要だけど謙虚さは持てよ」の意味がちゃんとわかった気がするんだ。
「女将、旦那。あいつらがしたこと、全部許せるわけじゃないけど、確かに俺も悪かったんだ。天狗になってたとこある。腹が立って当然だよ。だからこそ俺も変わるしあいつらにも変わって欲しい。頼むよ、破門になんかしないで、やり直し、させてやってよ……!」
皆の視線が俺に集まり、広間がシーンとする。
なずなはため息をついた。
楓は女将達と同じ並びにいて、いつも通り表情筋一つ動かさずに俺を見ている。
楓もなんとか言ってくれよ……頼むよ。
「それじゃ私からも一つ頼もうかねぇ」
口を開いたのは楓……ではなく菖蒲さんだった。
「なんだい、菖蒲、お前まで」
旦那が菖蒲さんの方を向く。
「いやね、私と牡丹ちゃんは同じ時期にここに来ただろう? 私が十四であの子は十二だった。まだ小さくてね。でも、一生懸命に励んでたのは女将さん達もわかってるだろう? たまにこうして、思い込んだら周りが見えなくはなる子だけど、それでも真っすぐ前を見ていたから必死で褥の数もこなしていた。だから増大寺さんがついたんでないかい? あの子は華として立派に務めを果たしてるよ」
皆の顔に、躊躇いながらも同意の表情が浮かび、菖蒲さんはにこっと笑って続けた。
「それにね、私からも丁度報告があるんだ。私ね、身請けして頂くことになったから、夏過ぎには年季を明けさせてもらうよ」
「な、なんだってぇ。聞いてないよ、菖蒲!」
広間が一気にざわつき、女将と旦那は白目を剥いている。
「ああ、今初めて言ったからさ。けど私も来年は二十だしねぇ。潮時だろう? 今晩には小山内様が話をつけにいらっしゃるから、頼むね、女将さん。つまり……華が二人も抜けちゃあ商売上がったりだよ? 後生だから一度だけあの子達にやり直す機会をやっておくれよ。私もここにいるあいだはきちんと見てるからさ。ね、楓ちゃんも見てくれるよね?」
菖蒲さんに微笑まれた楓の眉がピクリと上がる。
「菖蒲さんに言われちゃあね……」
「よし、決まりだね。女将さん、旦那さん、宜しくお願いします」
菖蒲さんが両肘まで付いて、深く頭を下げた。
苦々しい顔をしながら、女将は菖蒲さんから俺に視線を移す。
「百合、本当にいいんだね?」
俺はブンブン、と頭を縦に振った。
「女将、ありがとう! あと、皆、今までごめん。俺、環境に胡座をかいてた! 一生懸命やってたつもりだけどまだまだだな。また気持ち新たに頑張るからさ、なんとか華屋の仲間に入れて下さい!」
いつの間にか立っていた俺は熱弁を奮う。俺、大概暑苦しいヤツかも知れない。
そして……広間は、シーーーーン。
……外したか……? ダメか、やっぱり……。
なずなが何度目かのため息をついて立ち上がった。
「 牡丹さん達の処遇ことは私らにはわかんないから、女将と旦那の決定に従いますよ。で、そろそろ稽古の時間なんで、お開きでいいですか?」
「あ、ああ、そうだね。気張って行きな」
女将が頷いて、皆は揃って広間を出ていく。
──ああ、やっぱり俺、まだ認めてもらえないんだな……。
意気消沈して肩が落ちる。
菖蒲さんと楓は顔を合わせて渋い顔をしたけど、まだ座ったままでいて、俺が稽古に出て行くのを待ってくれている気がした。
とりあえず行かなきゃだよな……ああ、行き辛いったらない。
「百合、なにぐずぐずしてんだ。早く来な」
「……え……?」
なずな達が立ち止まり、廊下から俺を呼んだ。
「行くよ。仲間、なんだろ」
「……うん!」
多分この中では、菖蒲さんと実年齢十九の俺が最年長なんだけど、俺は誰よりも年下の気持ちで、まるで犬っころみたいに頷いて駆け出した。
俺は、華屋の百合だから!
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