枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
42 / 149
陰間道中膝栗毛!?

菊華 菖蒲 弐

しおりを挟む
 朝四つ10時から昼九つ12時まで稽古。
 九つ半13時から八つ半15時まで一幕見世ひとまくみせ
 一幕見世は言わば現代のドラマみたいなもので、長い話をいくつかに区切って毎週同じ時間に上演するのだ。

 七つ半17時までは茶屋の給仕。
 暮れ六つ18時からは座敷。
 宵五つ20時からはしとね仕事。

 今日の華屋のスケジュールはこんな感じで結構ハードなんだ。俺の場合はまだ褥仕事はないけど、菖蒲さんのサポートで座敷は入っている。



 菖蒲さん、幸せそう……。

 今しがた、落籍みうけの儀が無事に済んだ菖蒲さんの座敷は祝い膳が用意され、おめでたい空気に包まれていた。

 医師である小山内様が菖蒲さんの得意客になってからもう四年らしく、菖蒲さんが若草の頃から通っていたんだと聞いた。
 ただ、小山内様は七十歳を超えておられて、菖蒲さんとは一般に言う孫くらい年齢が離れている。そして、そんな二人のあいだに体の関係は無いのだそうで、それを聞いた俺は心底驚いた。


  ***


  「百合ちゃん、牡丹ちゃん達のことありがとうね」
 稽古と舞台までの昼食休憩の時に、菖蒲さんがわざわざ俺に礼を伝えに来てくれた。

  「いや、俺……私は別に。私も色々気づかせてもらったから」
 
  「百合ちゃん、優しいんだね」
 純和風美人、と表現すればいいのだろうか。上等のお雛様みたいな儚げな美しさを持つ菖蒲さんに近くで微笑まれると、中身は男だってわかっていても見とれてしまう。
 こんなに綺麗で芸の人気もある人が、引退して一般の中に紛れて行くなんて。

  「あの、菖蒲さんはなぜ芸の道へ進まないんですか? 菖蒲さんなら絶対芸能界に需要があるのに」

  「アンタ、失礼だね」
 後ろから湯豆腐の鍋を持った楓に小突かれる。
  楓は俺の隣に腰掛けた。

  「いいんだよ、楓ちゃん。……そうだねぇ、私は芸をやりたくて入ったわけじゃないから」

 「えっ、そうなんですか?」

  「皆が皆、芸を目指して来るわけじゃないからね。私みたいに借金のカタで売られた子も中にはいるんだよ」

 あ……。どうしよう。これは楓の言うように立ち入るのは失礼な話だったかも……。

 言葉が出なくなった俺にかまわず、菖蒲さんは続けた。
  「ふふ。でも、別に私は嫌々ではなかったから。私が華屋で奉公することで家族の暮らしが楽になるのはむしろ喜びだったよ。褥の仕事はきついのもあったけど、お客さんは必ず喜んでくれたし、舞台で踊れば幸せそうに笑ってくれる。ただ言われたことを真面目にやるだけで誰かの役に立てるなら、こんな嬉しいことはないよ」

 言われたことをやるだけ……? 誰かの役、に立つために?
 芸能界に入りたいわけでもないのに陰間体の仕事で自分の身を粉にして?
 菖蒲さんは俺の実際の年齢と同じ、まだ十九なのに、なぜそんなふうに思えるんだろう。

 「……菖蒲さんて夢とかないんですか?」

 「夢?」

 「自分がどうしたいとか、やりたいこととか、自分の意志って言うか……」

 なに言っちゃってるんだ、俺、偉そうに。菖蒲さんに向かって意志がないのか、みたいな言い方をして。

「あの、すいません、俺……」
「夢、意志……」

 菖蒲さんは食べかけの煮豆の椀を持ったまま固まった。でも、不快を示す表情じゃなく、疑問符をいっぱい浮かべたような顔をして首をかしげている。

  「いや、あの、だから……菖蒲さん?」  
  「菖蒲さんはね、昔からこうだから」
 代わりに口を出したのは楓だ。

  「菖蒲さんはいつも他人を優先して、自分のことは後回しなんだよ。でも後回しなのも無意識でさ。貧乏くじ引いたっていつも笑ってるんだ。無頓着って言うか、よく言って天然だね」

  「楓ちゃん、厳しいねぇ」
 菖蒲さんがぷっと吹き出して続ける。

  「……泣いてる顔より笑った顔の方がいいじゃないか。皆が楽しそうなら私はそれで良いんだよ。そうやってるだけで華にまでしてもらって、大事にされてさ。有難いことさ」
  「それは金づるとしてだろ」

 楓の容赦ないツッコミ……確かに、一理あるけど、菖蒲さんは「身も蓋もないねぇ」なんて、まるで気にしていない様子だ。

 そういえば菖蒲さんときちんと話すのは初めてだけど、他人と馴れ合わない楓が懐いてる様子からしても、見たままの優しい人なんだろう。

 それでつい、失礼を重ねるのは承知で突っ込んで聞いてしまったんだ。

  「でも、そしたら菖蒲さん、小山内様の所に行くのって、単に喜んでもらえるから? 小山内様と菖蒲さんて凄く歳が離れてるけど、その……菖蒲さんは後悔しないんですか? 本当に小山内様を好きなんですか?」

  「おい、百合、いい加減に……」
 楓が非難の目を向け、俺をたしなめようとした。
 その時、九つ半13時からの見世の準備を報せる声がかかり、話はここで終わった。



 楓には楽屋に入る前にも小突かれた。「人の人生に茶々を入れるんじゃないよ」って。
 でもさ、そんなんでいいのかな、って菖蒲さんの人生だけど考えちゃうんだよ。だって俺、権さんにチラッと聞いたんだ。身請けされたからって幸せになれるばっかりじゃないんだって。   

 男色が成人男子の嗜みとされている江戸でだって、男同士の婚姻は祝われるものじゃない。

​ 
 ────だから「陰間の身請けは賭け」みたいなもんだ。本妻には勿論なれねぇから、男の妾だな。運が良けりゃ、最後まで大事にされるし、悪けりゃ体だけを貪られて飽きたら捨てられる……すぐに飽きられるんだよ。陰間の花が短いのはなぜだかわかるだろ? 体が変わっちまうからだよ。だから、二十代後半になっても体を捧げて生きてる男は大釜って言われて、差別や嘲笑の対象にさえなるんだ。
 でも、芸の道を絶って、体を捧げるだけになった元陰間には行く当てなんてない。ありゃあ悲惨だよ。客は道楽で高い金払って陰間を買ってってくれんだから店はなんにも言わないけどさァ。

 って。

 牡丹も昨日言ってた。
  「愛してるならやり捨てたりしない。多くの陰間が年季明けには幸せになれるはずだろう?」
って。
 こういうことも含めての言葉だったのかな……。

 菖蒲さんなら望めば自由も、それから、本当に好きな人と出会って一緒に生きていく未来もきっと手に入るのに。

  ───俺には好きな人保科様との未来なんてないからさ……。

しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。 だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。 魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。 みたいな話し。 孤独な魔王×孤独な人間 サブCPに人間の王×吸血鬼の従者 11/18.完結しました。 今後、番外編等考えてみようと思います。 こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

神父様に捧げるセレナーデ

石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」 「足を開くのですか?」 「股開かないと始められないだろうが」 「そ、そうですね、その通りです」 「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」 「…………」 ■俺様最強旅人×健気美人♂神父■

騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。 突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。 貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。 お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。 やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...