枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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陰間道中膝栗毛!?

菊華 菖蒲 参

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 一幕見世は連日大盛況。
 しばらく謹慎中の牡丹や小花四人の穴を埋めるべく皆が頑張っていて、俺もまた、菖蒲さんのことが気になりながらも、台詞が多い役を熱演していた。

 
  「百合ちゃん、今日の表情も良かったよ。好きな人と別れる場面、いつも感情が入ってるね」 
 舞台から楽屋に下がる時、菖蒲さんが声をかけてくれた。

 はい、経験をかてにしてるんで……とは言えない。
   「菖蒲さん。ありがとうございます……あの、昼の時、余計なことばっか言って、すいませんでした」

 頭を下げると、菖蒲さんは俺に近づいて耳打ちをした。
  「百合ちゃんにはきっと好きな人がいるんだね」

  「えっ」
 なんで、なんで? 俺、そんなわかりやすい!?

  「ふふ。誰にも内緒だから大丈夫
……あのね、私も小山内様が大好きなんだよ」

  「え……あんなに歳が離れてても?」

 わ、また失礼なことを。

  すいません、と口を塞ぎ頭を下げると、菖蒲さんは首を振り、後ろにいたお付きの金剛を下げた。
  「小山内様はね、火事で御家族を亡くしておられるんだ。それで、人生に絶望していた毎日の中、ご友人に連れられたこの見世で私の踊りを見て励まされたんだって。それからだね、稼ぎが多いわけじゃないのに足繁く通って下さるようになったのは……けど、いらしてなにをしてたんだと思う?」

 なにってしにじゃないの?

  「学問を教えに来られたんだよ」

  「ええ!?」  
 陰間茶屋に来て勉強?
 若草の陰間にでも一時間で二、三万相当を払うのに?

  「亡くしたお子さんの代わりだったのかもしれないね……学問以外でもいつも親身に私のことを考えて下さって。それでね、私が笑うと本当に嬉しそうにされるんだ。菖蒲の笑顔が私の幸せだよ、とおっしゃって」
 菖蒲さんの顔がほころぶ。

  「だからね、私も誰かが笑ってくれるのを、嬉しいと心から思えるようになったんだ。それまではどこかで自分なんか幸せになれないんだ、って諦めて斜めに見てたところがあった。でも、小山内様の、見返りを求めない優しさが私を変えたんだよ。
 それに……小山内様からの身請けを望んだのはどちらかと言うと私なんだ。
 百合ちゃん、私に夢はないのかって聞いてくれたね……確かに夢とか意思とか、あまり考えたことはなかったけど、私にも目標はあってね」

  「目標、ですか?」

  「うん。私、小山内様の跡目を継いで、医者になるつもりなんだ」

  「ええっ!」
 
 朝から何度驚いているんだろう。でも、本当にびっくりして「ええっ」しか言えない……。

  「ふふっ。身請けって聞いてあいじんを思い浮かべたんだろう? 違うんだよ。私は小山内様の養子になるんだ。それで、おそばで学びながら医者を目指すんだ」

 目の前できらきらと光が輝く気がした。まさか陰間が医学の道を志すだなんて。菖蒲さん、カッコイイ……。

「小山内様もそう願い出たら涙して喜んで下さって……百合ちゃんに聞かれた時、ピンとこなかったのは、医者になること自体が目標じゃなくて、小山内様が喜んで下さると思って決めたことだったから……でも、これが私なりの夢なのかもしれない。百合ちゃん、私ね、小山内様のことは本当の家族以上に大事に思ってるんだ。だから私もずっとあの方の笑顔を見たい。小山内様は独り身でいらっしゃるし、最期の時までおそばにいて、ね」

 そうだったんだ……。
 菖蒲さんは、まるで父親のように小山内様を大切に思ってらっしゃったのか……。

 正直、俺は家族の愛情はあんまり知らないしわからない。それでも、菖蒲さんの言わんとすることは良くわかった。
 それに……形は違えど、好きな人の笑顔を見たい気持ちは同じだ。

 保科様の屋敷を出たあの日の朝、保科様が俺におっしゃったことがある。

  「必ず芸の世界で一番になりなさい。そうすれば私は何時でも悠理を見つけられる。たとえ近くにいられなくとも、悠理の活躍を見聞きし嬉しく思うだろう」と。

 本当はそばにいたい。
 でも叶わない。なら、せめて、保科様が喜んでくれるように。少しでも保科様が幸せに思ってくれるように。

 俺も好きな人が悲しいよりは、笑っいてくれる方がいい。


  ***
 

 菖蒲さんの座敷が明ける。
 小山内様は今日は泊まるのだそうで、また遅くまで医学の話をするのだろうか。

  「百合ちゃん、お手伝いありがとうね」

  「はい。ありがとうございました。あと、菖蒲さん、小山内様。本当におめでとうございます」
 俺が言うと、二人は本当に幸せそうに笑った。

 そして菖蒲さんはまた俺の耳元に寄り、小さな声で言った。
  「百合ちゃん。夢も、好きな人も諦めなくていいんだよ。いつになるかなんて誰にもわからないけど、願えばきっと叶う。願いは生きていく力になるからね」

  「菖蒲さん…………はい!」
 俺は大きく頷いた。

 まるで「sakusi-do」の曲の歌詞みたいだ。
 願えば叶う。きっと────俺の夢も、恋も、まだこれから。

 現代にいた頃は家族とも友達とも距離を置いていて、近しいのは社長くらいしかいなかった。誰かと人生について話す、なんてしたこともない。でも、江戸に来てからたくさんの人の人生に触れて、学んできた。俺も、少しずつ成長していけるはずだ。

  「うん、いけるでしょ。なんせ江戸じゃ十六歳なわけだし。今から今から」
  
 とりあえずは明後日。
 俺の褥デビューが目前に迫っていた。
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