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陰間道中膝栗毛!?
水揚げ 壱
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「華屋の新造・小花百合・本日水祝い」
今朝の湯島花街瓦版の見出しを権さんが読み上げた。
「ブホッ、ゴホッ、なんだよ、それ!」
朝食後の歯磨きをしていた俺は、うがいの水を盛大に吐き出した。
江戸時代の歯ブラシ「房楊枝」を片手にしたまま権さんから瓦版を奪い取る。
「きったねぇな、百合。おめぇ、いい加減に陰間らしく品良くだなぁ……」
権さんはヤレヤレと言いながら俺の手から房楊枝を取り、手拭いで口周りを拭いてくれた。
「だって、なんでそんなことがニュースになるんだよ。有り得ない。いかにも今夜ヤります! って街の人に言いふらしてんのと同じじゃん」
「にゅうす? またわからねぇ方言だな……書いてあるだろ。祝いだよ祝い。それに百合が今日水揚げなんて、ここいらのモンなら誰でも知ってるさ。今更恥ずかしがんな」
だから、周知の事実をわざわざ文面にする意味がわかんないんだって。しかもこの似顔絵、これが俺??
「名誉なことさ。最近じゃどの店の陰間もこんなに盛大には祝われねぇんだ。この湯島花街に、久しぶりの大型新人あり、と期待されてんだよ」
──そう言った権さんの言葉は当たっていた。
舞台のあと、茶屋の広間の上座に用意された台座に、天然記念物よろしく鎮座させられた俺の顔を拝みに来る客がひっきりなしに訪れ、大きい物から小さい物まで祝いの品を置いていく。
例えるなら新人アイドルのお披露目握手会だ。
近所の遊廓の芸妓さんから、鍛冶屋の子供連れ。果ては老舗呉服屋の大女将まで。
「あらぁ、噂より可愛いねぇ、今度ウチに遊びにおいでよ」
「綺麗だなぁ、母ちゃん、オイラも陰間になりてぇよ」
「将来の花形だねぇ、有難い有難い。まるで南蛮さんみたいに肌が白くて髪まで紅欝金だ、綺麗だねぇ」
おばあちゃんは、とうとう俺を拝んだ。
改めて、陰間の存在が忌み嫌われるものでも、蔑まれるものでもないことを実感する。江戸の人にとっては「陰間=芸の修行者」という考え方が当たり前なのだ。
「百合、先程保科様が見えてこれを置いていかれたよ」
不意に、目の前に季節外れの百合の花束が置かれ、甘い匂いがふんわりと漂う。
「えっ。保科様? 女将、保科様どこにいるの?」
俺は女将の腕をぐい、と引っ張って、半ば立ちかけた。
「なにすんだ、危ないじゃないか。保科様ならとっくにお出になられたよ。これだけ見物客が多いと邪魔になるからとおっしゃって……百合!?」
女将の言葉を最後まで聞けず、いてもたってもいられなくなった俺は玄関へ走った。
打掛が重い。足がもたつく。
裾に気を取られて体がつんのめる。
こける、と思った時「ドン」と鈍い音がして、誰かにぶつかったのがわかった。
「誰か」は俺の二の腕を取り、体を支える。よろけた俺がもたれているその胸板あたりからは、覚えのある優しい香り。
この香りは……
「保科さっ……」
…………違う。
目の前にいたのは凛々しい若侍の美男子。誰だ? 俺の見物客?
「保科様? いらしてたのかい?」
若侍の発した声に驚いた。
「楓!?」
「楓さん、だろ。どうした。目ぇひん剥いて……あぁ、この姿を見るのは初めてだったか?」
小袖袴姿に脇差を差し、上から実付三楓の紋が入った黒羽織。月代(ちょんまげの時の剃った部分)はないけど、髪はきっちりと結われていて、言葉使いまでどこか男らしい。それでいて女形の色香も残し、誰が見ても振り返ってため息をついてしまいそうな端麗な姿に、一瞬時を忘れた。
ああ、そうか、陰間の相手は男だけじゃない。楓は奥女中にも人気があると聞いてたっけ。
今日はその客の一人と同伴だったのかもしれない。
「って、見とれてる場合じゃない。俺、行かないと」
腕を突っ張り、楓から体を離して再び店先へ向かう。けれど楓は俺の腕を強く掴んだ。
「どこに行くんだよ。今日はお前の水祝いだろ。主役が抜けてどうする。それに、保科様ならもう近くにお姿はなかったよ」
言われて肩の力が抜けて行く。
保科様……なんで帰っちゃうんだよ。ちょっとくらい、お顔を見せてくれたらいいのに。
「ほら、早く広間へ戻りな。お客様が見てる」
楓に背中をひっくり返されると、女将が俺を連れ戻しに来たのも見えて、肩を落としたまま広間へ戻った。
だから気づかなかった。
楓が小さく「百合、保科様に本気になるんじゃないよ」と言ったのを。
***
もらった祝いの品は、一度旦那が集め、茶屋の皆に「お裾分け」する。
でも保科様からの百合の花だけはそのまま俺がもらい、これから俺の仕事部屋にもなる個室に飾った。
個室がもらえたのは増大寺様からの祝いだ。そして、今この部屋には上等の寝具一式と、緋襦袢と言われる手触りの良い褥仕事専用の朱い襦袢。これらは隆晃様からの贈り物。
初めて夫婦盃を交わした相手から初夜の日に送られるのが習わしだそうだ。
「百合、隆晃様がいらしたぞ」
保科様からの百合の花と隆晃様からの寝具一式。
まるで夢と現実の対比みたいなそれの、夢の方に気持ちが行きかけていた俺を権さんの声が引き戻す。
「はいよ」
返事と共に緋襦袢に袖を通し、襖近くで三つ指をついて、隆晃様をお迎えした。
実付三楓
今朝の湯島花街瓦版の見出しを権さんが読み上げた。
「ブホッ、ゴホッ、なんだよ、それ!」
朝食後の歯磨きをしていた俺は、うがいの水を盛大に吐き出した。
江戸時代の歯ブラシ「房楊枝」を片手にしたまま権さんから瓦版を奪い取る。
「きったねぇな、百合。おめぇ、いい加減に陰間らしく品良くだなぁ……」
権さんはヤレヤレと言いながら俺の手から房楊枝を取り、手拭いで口周りを拭いてくれた。
「だって、なんでそんなことがニュースになるんだよ。有り得ない。いかにも今夜ヤります! って街の人に言いふらしてんのと同じじゃん」
「にゅうす? またわからねぇ方言だな……書いてあるだろ。祝いだよ祝い。それに百合が今日水揚げなんて、ここいらのモンなら誰でも知ってるさ。今更恥ずかしがんな」
だから、周知の事実をわざわざ文面にする意味がわかんないんだって。しかもこの似顔絵、これが俺??
「名誉なことさ。最近じゃどの店の陰間もこんなに盛大には祝われねぇんだ。この湯島花街に、久しぶりの大型新人あり、と期待されてんだよ」
──そう言った権さんの言葉は当たっていた。
舞台のあと、茶屋の広間の上座に用意された台座に、天然記念物よろしく鎮座させられた俺の顔を拝みに来る客がひっきりなしに訪れ、大きい物から小さい物まで祝いの品を置いていく。
例えるなら新人アイドルのお披露目握手会だ。
近所の遊廓の芸妓さんから、鍛冶屋の子供連れ。果ては老舗呉服屋の大女将まで。
「あらぁ、噂より可愛いねぇ、今度ウチに遊びにおいでよ」
「綺麗だなぁ、母ちゃん、オイラも陰間になりてぇよ」
「将来の花形だねぇ、有難い有難い。まるで南蛮さんみたいに肌が白くて髪まで紅欝金だ、綺麗だねぇ」
おばあちゃんは、とうとう俺を拝んだ。
改めて、陰間の存在が忌み嫌われるものでも、蔑まれるものでもないことを実感する。江戸の人にとっては「陰間=芸の修行者」という考え方が当たり前なのだ。
「百合、先程保科様が見えてこれを置いていかれたよ」
不意に、目の前に季節外れの百合の花束が置かれ、甘い匂いがふんわりと漂う。
「えっ。保科様? 女将、保科様どこにいるの?」
俺は女将の腕をぐい、と引っ張って、半ば立ちかけた。
「なにすんだ、危ないじゃないか。保科様ならとっくにお出になられたよ。これだけ見物客が多いと邪魔になるからとおっしゃって……百合!?」
女将の言葉を最後まで聞けず、いてもたってもいられなくなった俺は玄関へ走った。
打掛が重い。足がもたつく。
裾に気を取られて体がつんのめる。
こける、と思った時「ドン」と鈍い音がして、誰かにぶつかったのがわかった。
「誰か」は俺の二の腕を取り、体を支える。よろけた俺がもたれているその胸板あたりからは、覚えのある優しい香り。
この香りは……
「保科さっ……」
…………違う。
目の前にいたのは凛々しい若侍の美男子。誰だ? 俺の見物客?
「保科様? いらしてたのかい?」
若侍の発した声に驚いた。
「楓!?」
「楓さん、だろ。どうした。目ぇひん剥いて……あぁ、この姿を見るのは初めてだったか?」
小袖袴姿に脇差を差し、上から実付三楓の紋が入った黒羽織。月代(ちょんまげの時の剃った部分)はないけど、髪はきっちりと結われていて、言葉使いまでどこか男らしい。それでいて女形の色香も残し、誰が見ても振り返ってため息をついてしまいそうな端麗な姿に、一瞬時を忘れた。
ああ、そうか、陰間の相手は男だけじゃない。楓は奥女中にも人気があると聞いてたっけ。
今日はその客の一人と同伴だったのかもしれない。
「って、見とれてる場合じゃない。俺、行かないと」
腕を突っ張り、楓から体を離して再び店先へ向かう。けれど楓は俺の腕を強く掴んだ。
「どこに行くんだよ。今日はお前の水祝いだろ。主役が抜けてどうする。それに、保科様ならもう近くにお姿はなかったよ」
言われて肩の力が抜けて行く。
保科様……なんで帰っちゃうんだよ。ちょっとくらい、お顔を見せてくれたらいいのに。
「ほら、早く広間へ戻りな。お客様が見てる」
楓に背中をひっくり返されると、女将が俺を連れ戻しに来たのも見えて、肩を落としたまま広間へ戻った。
だから気づかなかった。
楓が小さく「百合、保科様に本気になるんじゃないよ」と言ったのを。
***
もらった祝いの品は、一度旦那が集め、茶屋の皆に「お裾分け」する。
でも保科様からの百合の花だけはそのまま俺がもらい、これから俺の仕事部屋にもなる個室に飾った。
個室がもらえたのは増大寺様からの祝いだ。そして、今この部屋には上等の寝具一式と、緋襦袢と言われる手触りの良い褥仕事専用の朱い襦袢。これらは隆晃様からの贈り物。
初めて夫婦盃を交わした相手から初夜の日に送られるのが習わしだそうだ。
「百合、隆晃様がいらしたぞ」
保科様からの百合の花と隆晃様からの寝具一式。
まるで夢と現実の対比みたいなそれの、夢の方に気持ちが行きかけていた俺を権さんの声が引き戻す。
「はいよ」
返事と共に緋襦袢に袖を通し、襖近くで三つ指をついて、隆晃様をお迎えした。
実付三楓
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