枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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暁ばかり憂きものは

通過儀礼 壱

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 隆晃りゅうこう様と盃を交わしてはやひと月。
 だがしかし、僕らは未だにヤッてません。万歳!

 隆晃様は手と素股だけで充分に達して下さる。そもそも素股ってことにも気づいていらっしゃらないのだ。ちょっとした罪悪感はあるけど、満足して帰ってくれるなら、それでいいよね?


 ────しかし、そんなチート生活はいつまでも続かない。

  「百合、次の客が決まったよ。今日舞台が終わったらそのまま半日だ」
 隆晃様を店先まで見送り、朝風呂に向かっていたところを旦那に呼び止められた。

  「え?」
 寝耳に水。晴天の霹靂。

  「なんで? 俺って一応、隆晃様の嫁なんじゃないの?」

  「馬鹿か。それはただの契約名目だ。たかだが一人の客だけじゃおめェの稽古代と衣装代で飛んじまうよ。それに、褥の経験は芸の歴、ってなぁ。舞台と同じで一人を喜ばせたって意味ねぇんだよ。聴衆全員を相手にするくらいの気持ちで精進しな。
 さぁさぁ、わかったら早く朝風呂を済ませな。権に言って水鉄砲を用意してあっからな。全部出しておけよ。今日の客は藤江様だ」
 旦那はせわしなく、さっさと立ち上がって帳場に消えて行った。

 ……だよなあ。そう言えば前に権さんも言っていたっけ。
「水揚げを皮切りにバンバンいい客つけたいんだろ」って。
 褥の経験は芸の歴……とは上手いこと言うよなあ。妙な説得力がある。

  「でも、水鉄砲ってなんだろ。全部出す……?」 
 水鉄砲で全部出す、にどこか嫌なニュアンスを感じる。


  「おぉ、来たか百合。ほら、こっちに来て臀を出せ」
  風呂場で待ち構えていた権さんの手には水鉄砲なんてかわいいもんじゃなく、現代の家庭用消火器より少し大きいサイズの、木で作られた水ポンプ。 
 権さんが取っ手を押すたびに、ビュッビュッと勢いよく水が飛び出している。

  「待って……まさかそれ、ここに……」      
 思わず菊座を窄めたけど、想像は大当たりだ。権さんはやる気満々に頷いて、俺は今から腸洗浄を受けるのだと悟った。

  「藤江様はこの花街ならず、江戸中の花街で浮名を流すやり手でなぁ。藤江様のお手つきでない者はいないってくらいだ……藤江様の褥にゃあ睡魔ナシ、ってなぁ……まぁこの仕事をやるモンにゃ通過儀礼みたいなもんだな。ほれ、あっち向け」
 あっという間に浴衣の裾を捲られ、柱につかまる体勢にさせられる。

  「ちょ、無理無理無理。やるなら自分でやるし、なんでここまでやるんだよ。いつもみたいに入る部分まで洗えばいんじゃないの?」

  「自分じゃ無理だから俺がやってンだろ。片付けだってあるんだ。早くしな。あとは経験すりゃわかるさ。ほれ」

  「んワアアアア!」
 ヤカンの先みたいになった水の出口を菊座に当てがわれ、勢い良く湯が入れられる。腹の中がぬるーくなって張ったかと思うと、権さんのデカい親指で蓋をされる。

 ぎぶ、ギブアップ。これ、あり得ないくらいキツいんだけど!

  「よし、出していいぞ、ここに座れ」
  息継ぐ暇なく洗濯タライにしゃがまされ……………………。




  「……も、やだ……俺のプライドズタズタ……」

 あれから三度同じ動作を繰り返された俺は、腹だけじゃなく心まで空っぽだ。いつもなら熱いはずの風呂桶の湯が、今日はぬるく感じられるくらいに。

 茹ですぎた青菜みたいに萎れていると、ガタガタと音がした。前室から洗い場に繋がる開き戸が開き、視線をやると牡丹が入ってくる。
 
  「お疲れ……さまです……」
  「あぁ」

 牡丹と共犯の小花四人は、二週間の謹慎のあとから活動を再開していて、特に売れっ子の牡丹は、以前と変わらず「咲華」として茶屋と見世の売上げに貢献している。 
 ただ、俺はあれ以来、牡丹とは挨拶くらいしか交わしていなかった。

 ……気まずい……もうちょい浸かっていたいけど先に上がるか……。

  「百合」
 俺に振り向きもせず、洗い場で柘榴の粉を出しながら、牡丹が口を開いた。
 風呂桶から出ようとしていた俺は、再び湯の中に腰を下ろす。

  「あのことは本当に悪かった。許さなくてもいいが、けじめとして謝っておく」
 背を向かれたままでけじめもなにもないでしょ、とは思いつつ、プライドの高い牡丹が肩を小刻みに震わせているのを見ると「まあ、いいか」って思えてくる。

  「あー、まあ、はい……俺、もう出ますね」
 居心地の悪さに、やっぱり風呂桶から出て水分を拭き取った。でも、前室に向かおうとする俺を、牡丹は再び呼び止めた。

 今度は立って、しっかりと俺の方に向いている。
 ……が、やっぱ綺麗だよなあ。肩なんかスっと撫で肩になっていて、細い腰の上下はいい具合に曲線を描いている。下にが付いてなくて、胸さえあれば、十代後半の女性と違わないんじゃないだろうか。
 体の管理も気を抜いてないんだ。流石は咲華。

  「百合、今日は藤江様のお相手なんだって?」
  「あ、ああ? はい」
 だし抜けに聞かれて、そんな名前だったかな? と頭の隅から旦那の言葉を探し出す。

  「あの方には嘘は通用しない。正面からやるしかない。それに、前にも言ったけど客より感じても、先に達してもいけない。朝まで……ただ、

 最後の言葉に力が入り、何か不穏ささえ感じて、口の中に唾液が溜まった。 それをゴクン、と呑み込み頷くと、牡丹は俺から離れ、体を磨き始めた。

 ────腸洗浄と権さんが言った「藤江様の床にゃ睡魔なし」
 牡丹が言った「朝までただ耐えろ」 

  夜になり、俺はその意味を体で知ることになるのだった。
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