枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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いつか見た夢

親愛 四

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 上座に旦那と女将。対面して俺。そしてなずなとあざみ。この並びとくれば話は決まっている。

  「新春見世でお前達の昇進を発表する予定だ」
  「……ありがとうございます!」
 お達しがあってすぐ、なずなとあざみは丁重に頭を下げた。

 でも俺は。

 ────新春見世?
  「待って、女将。それじゃあ間に合わないよ!」
 小康状態を保っているとはいえ、あと二ヶ月ものあいだ権さんの体が持つかどうか……。

  「百合、なにに間に合わないって言うんだい」
  旦那が冷ややかに俺を見て続ける。

  「お前は誰の為に芸をやってんだい。自分だけの為か。権に見せる為だけか。違うだろ。お前はこの華屋の、湯島花街の、そして一時の夢と幸せを買いに来る聴衆の為に演ってんだろ。間に合ってないのは百合、お前だ」

 至極当然の言葉にぐ、と喉が締まる。

  「他の二人も同じだ」

 次は女将が俺たち三人に向け話した。
「あくまでも予定だと言っただろ。まだ三人とも百合は大蛇おろち姫を、なずなは水獅子を、あざみは桜人形を。これを新春見世までにアタシらを唸らせるまでに仕上げな。昇進はそれからだよ」

 ……大蛇姫……。
 恋仲の男に手酷く裏切られて沼に身を投げた女が、沼の主に魂を取られ、三つ頭の大蛇に変化して男や世間に復讐を誓うと言う内容の演目で、大蛇姫と化した女の怒りや悲しみ・愛憎が入り交じった感情を、風や水・木々のざわめきなどの自然現象と織り交ぜながら魅せる、二十分近くにも渡る踊りが演目最大の見せどころだ。

 華屋の伝統演目で大華の代名詞となるそれは、俺が華屋に来て初めて見た、しばしのあいだ興奮を引かなくさせた、楓の得意の踊りだった。

 大蛇姫を俺があと二ヶ月で……。

 いや、俺は。
  「……旦那、女将。一ヶ月以内にやります。そうしたら…………すぐに大華にして下さい」

  「なんだって?」
 旦那と女将は鋭い目で俺を刺した。けれど俺にはそれ以上の気迫があったのだろう。そのまま俺をじいっと見据えたあと、女将が片側の口角を上げてフン、と笑った。

  「いいさ、やってみな。ただし褥仕事も手を抜くんじゃないよ。このところ、勉強やら権のことで客を減らしてやってたからね。それからついでに早く「亭主」を決めな。盃代に糸目を付けない上客をね」

  「望むところだよ。……見てろよ、絶対すぐに大華になるから!」

 俺がそう啖呵を切った途端、旦那となずなが揃ってプッと吹き出した。あざみは苦い顔をして横目で俺を見ている。

 それでも全員、口を揃えて言った言葉は……
  「すっかり調子が戻ったようだな。大口叩きの百合」

  「へぁ? なんだよ、それ」
 言い方! 酷くない?

 でも、そう言いながらも皆は……女将も。俺を馬鹿にしているようにも敵意があるようにも見えない。
 なんだろう、この顔。

 ……ああ、権さんみたいだ。
 しゃあねえなぁ、見ててやるよと笑ってくれる、権さんみたいな。

 丁度良い湯加減のお茶を飲んだ時みたいに、胸からお腹の辺りにじんわりとした温かさが拡がる。
 そしてその温かさは、長いあいだ俺の心の端に刺さっていた氷片を溶かしていくかのようだった。


  ***


 その日から俺、なずなとあざみは早速稽古に入った。

 権さんに伝えると「しっかりやれよ。必ず見に行ってやるから、しばらくここには来ないで鍛錬に励め。なぁに、大丈夫さ。またまだ死なねぇよ」と言い、隣に座って聞いていた照芳様は「権さんは私が見ているから大丈夫だよ。なにかあったらすぐに知らせるからね」と言ってくれた。

 心配だけど、一日も早く修得するんだ……俺は文字通り寝食を惜しみ、座敷と一日一件の褥仕事をこなしながら稽古に打ち込んだ。



  「摺り足、トトん、肘は内側、腹を出さずに捻り……」
 災害を起こすほどの大蛇姫の悲しみや苦しみを乗せた踊り。荒々しい嵐を表現しながらも、しっとりと水に濡れた女らしさも魅せる。

  「……あー、やっぱりひねりがいまいちなんだよなぁ。楓みたいな海老折りにはならないもんなぁ」

 型の中で身体を後ろに曲げる、いわゆる海老反り。楓は爪先を極限まで立たせながら手を高く長く伸ばし、体は折れ曲がるほどに後ろに反っていた。

 鍛えられた体幹と背筋、関節の柔軟性が成す技で、かつての大華達も楓ほどの海老折りはできていなかったと聞く。
 
 俺と楓は違うのだから「百合の大蛇姫」を魅せれば良いのだけど、この海老折りに関してだけは観客の楓の記憶が新しい為に、レベルを下げたものでは満足させられないのは明らかだ。

  「ほんと、楓の存在は厄介だな」

 ふ。自分で言って笑える。楓のことをそんなふうに言えるまでになったんだ、俺。

  「誰が厄介だって?」
  「!?」

 俺一人のはずの、しぃんとした舞台に甘いテノールボイスが響いて、背筋がぴっ、と伸びる。

  「……楓……?」
  「久しぶりだな……百合」

 十メートルほど離れた先。
 九ヶ月前、最後に華屋のこの舞台から背中を見送った時よりも背が高く、肩幅も広くなった立派な「青年」が俺を真っすぐに見て立っていた。
    
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