枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

褒美 弐

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  俺の言葉に皆の目が点になった。

  ん? そんなにおかしかった? ……あ!

  「言いたがえました。申しわけありません! 忠彬様の「時間」を、私に下さい、です!」
  急いで言い直しても、今度は首をかしげられる。

  「あの、一日……半日でもいいです。保科様と出かけたいんです。私を同伴で買って頂けませんか?」
  俺は大旦那様に頭を下げた。

  その後ろでは旦那と女将が「これまた、なにを言い出すんだい」と、非難めいた表情をしている。
  けれど、大旦那様は「ははははは」と大笑いをして下さった。

  「そうか、華屋の大華も忠彬にご執心か。相変わらず忠彬は遊郭でも茶屋でも愛されているのだな」

  「……ち、違います! いや、違わなくはないんですけど、そんな変な意味じゃなくてですね。保科様……忠彬様にはこれまでたくさん支えて頂いたからお礼がしたいんです。あ、でも買って頂くならお礼にならない……?」

 自分で言いながら、矛盾に気づいて言葉を探していると、保科様が困った顔で仰った。
  「百合。そんなことに褒美を使うものではないよ。他にもっとあるだろう。それに私自身もそのようなことができる立場ではないのだし」

  やっぱりそう言うよな……。
  保科家の若様が、褒美とは言え陰間を買うだなんて……。

  けれど大旦那様は仰る。 
  「良いではないか。忠彬は頭が堅いのだ。これからはそう言った無形の褒美も取り入れるべきだ。物に溢れる世だからこそこのような形はより貴重。
 そうだな。これを手始めに各遊郭や茶屋で一番になった者には忠彬と遊ぶ権利を与えようか。いや、私も参入してどちらが人気か比べようか」

  「……父上……お戯れを」

  大旦那様の豪快さに、流石の忠彬様もタジタジだ。
  そんな顔は見たことがなくて思わず笑ってしまい、忠彬様はますます困った顔をした。

  「折しも次の華屋の休養日は湯島の初春祭りで花火が上がる日だな。百合、その願い聞き入れよう。二人で出掛けると良い。そして代わりと言っては何だが、夜の催しで踊りを披露してくれまいか? お前が踊れば客足も増えよう」

  「……是非!」

  願ってもない話だった。
  俺はまだ初春祭りには行ったことがなくて、江戸で花火を見るのは憧れだったし、自分の踊りで祭りを盛り上げることができるのなら嬉しい。

  「父上はどこまでも商魂逞しくあられる。……百合は本当にそれで良いのか?」

   「……はい……! お願い致します」

  俺が頷くと、保科様は申しわけなさそうな顔はしつつも、わかった、と頷いてくれた。


  「では話は決まったな。旦那、女将、花代はしかとはずもう。それで良いな?」
  そう言われちゃ二人とも頭を下げるしかない。俺への褒美が華屋に入るんだから感謝して欲しいくらいだ。

  でも……やった!
  本当に嬉しい。これまでの恩を少しでもお返しできたらと純粋に思うし、大華として心を込めたおもてなしをして、成長した俺を感じて喜んで頂きたい。


  祭りは五つ先いつかご。その日は金剛を付けずに同伴できることになり、俺は心を踊らせてその日を待った。


  ***


   「っああああーめっちゃ緊張する!」
  久しぶりに普段の言葉が口からこぼれる。もうじき保科様が俺を迎えに華屋にいらっしゃるのだ。

  ────叶うことがなかった初恋は……心の片隅で小さな宝石みたいに淡い光を出し続けていて、時々思い出しては心を優しく照らす、きっとそんなものなのだろう。
 
  保科様へ向かう気持ちは以前とはもう違う。それでも俺にとっては憧れで大好きな人。こうやって誰の目も気にせず「褒美」と言う大義名分で同伴デートできる日が来るなんて。

  今すぐ階段を駆け降りて店先で待っていたい気分だけど、客が迎えに来るのを待ちわびるなんて、高級陰間の格を落とす「はしたない行為」だとされている。

  「大華たるもの、客を待たせて焦らすくらいじゃねぇと」
  あ~。もう、権さん。そういうの今いいから!

   頭の中の権さんを追い払う。それでも落ち着かなくて、鏡を見ては髪や着物を直した。


  「大華、保科様がお着きです」
  襖の外から金剛の弥助さんの声がして、廊下の板が鳴る音がする。

  いらっしゃった……!
  足音が部屋に着く前に廊下に顔を出してしまう。
  大華の品格とか、もうぶっ飛んでしまっていた。

  保科様はすぐに俺に気づき、微笑みを浮かべる。

  ああああああああぁぁぁ、カッコイイ。やっぱりカッコイイ。
  濃紺の西陣織正絹の着物と羽織が、凛とした保科様の雰囲気にぴったりだ。

  「待たせたね。行こうか」
  スっと手のひらが差し出された。

  「?」

  「同伴だろう? 手は繋がないのか?」

  「…………っ……」

  そう、そうなんだよ。今日はデートなんだよ。わかってるけど、デートなんだよ。

  俺はそっと保科様の手に自分の手を重ねた。すぐにきゅ、と握り返され、笑顔もサービスされる。

  頭の中では「~この笑顔、プライスレス~」と、どこかのカード会社のコマーシャルが流れていた。


***


  男坂を上った先の天神様、祭りの会場は人であふれ、俺達の姿を見た町人達は歓声を上げた。
 それもそのはず、今朝の湯島花街瓦版に「華屋の大華百合、襲名祝いは保科家若旦那様との同伴」と女性週刊誌の表紙みたいな見出しが書かれた号外が出回ったのだ。

  タレ込んだのは旦那が女将か、はたまた大旦那様か……。
  祭りの責任者からは「お二人の前評判で今日は例年よりも客足も売上も良いです」と喜色満面で言われるし。
  ここまで商売に使われたら逆に気持ちがいいよ。湯島花街の宣伝と思えば堂々としていられるし。

  実際、祭りに来た人達は芸能人のドラマ撮影でも見ているかのような目をしている。
  「ほら、百合さんよ。綺麗ねぇ」
  「美男美女……美男美男か? サマになるな」
  「ため息が出るお二人ねぇ」
  などの囁きが聞こえ、保科様は苦笑したが、俺は得意な気持ちだった。

  華屋を出る前から繋いでいる手はそのままで、屋台を見て回る。本来は陰間が同伴の時に食べ歩きをするのはタブーだけど、今日は特別。
  保科様が買って下さったあんず飴を「美味しいです」と頬ばればその屋台には行列ができたし、射的で保科様が全命中すれば、人がわらわらと集まり次々に腕を競った。


「保科様、猿の曲芸ですよ!」
「うん。ほら、百合、こちらからなら良く見えるよ」

  肩を寄せられ、保科様の笑顔がすぐ近くに来て。

「百合、足は大丈夫か? 見せてごらん」

  しばらく歩けば甘酒屋の床机長いすに座らせてくれて、俺に甘酒を持たせると、足を見て下さって。
  陰間は年間を通して足袋を履かずに、台三段の草履を裸足で履くから、寒くないかと気遣って下さっているのだ。

「保科様、お手が汚れます……!」
「構わないよ。百合の足の方が大切だ。あぁ、こんなに冷えて」

  座ったままの俺の下に屈んで、足に触れて優しく撫でて下さる。

  も、もう、もう、もう~~~~!!

  ねぇ、権さん。今の俺の気持ちわかる!? 男だけどお姫様扱いを、しかも王子様みたいな保科様にされて、天にも昇る気持ちって言うより、もう権さんと同じ場所に到着してる気がするんだけど! でも、まだご褒美を楽しみたいから、俺を見かけたらこっちに戻してよね。


 楽しいな。楽しいな。幸せだな──保科様に楽しんでもらう為の同伴なのに、俺の方が楽しんでいるんじゃないだろうか、大丈夫なのかなって、そのあとも何度も保科様の顔を見た。
 そのたびに保科様は俺に視線を合わせて楽しそうに笑みを返して下さり、それを見た俺が安心して笑みを返すとまた保科様が微笑んで下さり……この繰り返しをずっとして、繋いだ手もずっと離れない。

  江戸に来たばかりの頃、保科様のお屋敷で過ごした日々と同じに、夢の中にいるみたいに始終ふあふあふわふわしていて、時間はあっという間に過ぎて行った。
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