枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

宗光 弐

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  「すご……本物?」
  あまりの美しさに触れるのも気が引けて、花の近くに少しだけ顔を寄せた。

  「本物、と言いたいがこの時期じゃ流石にほとんど造りものだ。でも腕のいい職人に作らせたから出来は良いだろう?」

  宗光が俺を上座にあつらえた上段にいざない、百本はあるだろう百合の中から一本を抜き取って持たせる。
  「微かだけど香りがする……」

  「ああ、花から取った香を扱う店があるんだ。ただ全ての花に香りをつけちゃ喧嘩し合うから、百合の花だけな……特別だ」

  百合独特のきつさは抜いた優しい香りに顔が綻ぶと、宗光も同じ顔をして笑って、俺を座らせ、自分が連れてきた従者に他の陰間や旦那達を迎えるよう伝えた。



  部屋に入るなりどの陰間も感嘆の声を上げ、自分の名の草花を撫で、嬉しそうに着座する。
  女将と旦那の席には多種類の菊があしらわれ、女将も少女のようにはしゃいだ。


  座敷が始まると宗光は下座に移動し、このあいだとは違ってゆったりと芸を楽しみ、一人一人の技術を褒めた。

  いつの間に覚えたんだろう。三味線や踊りの技法なんかを交えながらの賛辞は陰間達を笑顔にさせた。

  そして最後に宗光自身が連れてきた者達と華屋の金剛達も誘い、一緒に豊国踊りを披露して場を盛り上げたのだった。

  座敷に参加した者が皆、声を立てて笑い、華屋全体に陽気な空気が流れている。

  俺達陰間は遊女程の制限はなくても、毎日が茶屋と劇場の往復で一日を終える。
  たまに同伴で花見に出たり、遊覧船に乗せてもらったりはするけど、それも小花の売れっ子以上だけで、俺が初春祭りに初めて行けたように、よっぽどのことがなければ陰間は観光地に外出なんかできない。

  だからこんなふうに、まるで外の世界で花見をするような仕掛けが嬉しくないわけはなかった。

   ──やられたな。
  しかも俺だけじゃなく、全ての陰間が楽しめるように手配し、気を回した。
  自分がもてなされる主役ではなく、陰間達を饗した形で。

  それに、宗光は食事にも酒にも一切手を付けなかった。あくまでも主催者に徹したのだ。

 

  座敷が上がる時間の間際、俺は席を立った。皆が俺を一斉に見て、大華の判断を見守る。
  上座から一番遠い対面に座る宗光も、背筋を伸ばし直して、俺が歩いて近づくのを静かに待った。

  宗光の前に立ち、腰を下げて正式礼を捧げて伝える。

「淀橋屋宗光様。お話、お受け致します」


  ***


  「やー、滅茶苦茶嬉しいわ。頑張った甲斐があったわ」
  見送りの店先で、纏めた髪をくしゃくしゃっと解き、すっかりいつもの雰囲気に戻った宗光が嬉しそうに言う。

  「あれだけして頂いてお断りしては、大華の名に傷が付くと言うもの。心のわからぬ者だと。……本日は心のこもったお座敷をありがとうございました。近日内に返し二回目を、次には褥の用意をしてお待ちしております」

  「うん。こっちも準備しとく。百合ちゃん、夫婦になったら本契約したらいつもみたいに喋ってな」

  頬に手が伸びて、親指でそっと唇に触れる。キスして来るのかな、と思ったらそれだけで手は離れた。

 「……考えておきましょう」
  最後まで初会のしきたりを守った宗光に、俺は心から微笑んで返事をした。




  そして、その週のうちに膨大な揚げ代が支払われた俺は、宗光専属の大華になった。

 「これはまた凄い布団だな……」
  隆晃様の事件以降は新しく盃を交した客はいなかったから、久しぶりに布団を送られたのだけど……。

  三つ褥ではなく、十枚分くらい重ねました?  ってくらいに分厚い一枚ものの敷布団に、毛布の役目をする綾織の大きな生地と、ふかひふかの夜着かけ布団

  この時代に布団を使えるのは金持ちかこういう職業くらいだ。
  つまり布団は贅沢な高級品てこと。町家の奉公人の給料が三両くらいとして、布団は品により十両以上の値で売買されている。
  目の前のこの布団だと一体いくらになるのか……。

  「なぁ、あまりにも羽振りがいいけど本当に大丈夫なのか?」
  宗光がこの短期間のあいだに俺にかけてきた額が桁違い過ぎて、流石に心配になる。
  遊郭・茶屋遊びが行き過ぎて身を滅ぼすお客を何人も見てきたから。

 「信用ないなぁ。大丈夫やって。俺めっちゃ稼いでるんやで。こないだの広間の演出かって仕事の一つや。あれも江戸で広げるつもりでな。初会までのあいだ見世に通いつめてたのも、百合ちゃんに会うためは勿論、各芸道に売り込む為に舞台の寸法や設営の規模の試算もやってたし、観客には大店の旦那が多くおるやろ? 顔繋ぎしてたわけ」

「そうだったんだ……空間プロデュース的な?」
 そう言えば、ただ遊びに来てるだけでもないと言ってたっけ。広間の演出も確かに凄かったし、宗光、侮れないな。ヘラヘラして見えてもやっぱり、やり手の大商人実業家なんだ……。

「ぷろでゅーす? ようわからんけど、大阪じもとじゃ結構人気やねんで。あっちは派手好きやから」

「へぇ……。なぁ、他の仕事は? どんなことしてんの?」
 
 自分とは違う人種への単なる興味だけど、宗光のこと、俺はほとんど知らないのだ。保科様の同い年の従兄弟で日本五大豪商の一つ、淀橋屋の次男。でも家業はやってない。それくらい。

  「まあまあ、それは追々でええやん。それより……」

  ぐい、と腕を引っ張られ、ふっかふかの布団に押し倒される。
  雲の上を思わせる柔らかい感触に包まれて、思わず「ふふ」と声が出た。

  「百合ちゃんのこと、もう触っていいんやんな?」
  片方の手は腕に、もう片方の手は押し倒した時に腰に添えたままの姿勢で生真面目に聞いてくる。

  「うん……でも一つ聞いておきたいんだけど」
  
  「なんや?」

  「前に言った……俺を滅茶苦茶にして保科様がどんな顔をするか見たいって言ったこと……」

  あの日以来、保科様のことは話には出さないし、あんな表情も見せないけど、ずっと気になっていた。
  あの顔には宗光の本質がある気がするから。

  「ああ……あれは嘘や。百合ちゃんのことは必ず大事にする。約束する」
  額に唇が落ちる。

  「俺のこと、って……んン……」

  光宗の顔の角度が変わって、唇に唇が重なる。さほど深くはない、唇を重ねるだけのキスだった。けれど、俺の言葉もろとも塞いでしまった。
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