枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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枕営業? ウソだろ?

初仕事へ意気揚々

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数寄屋造りの部屋  
    
朱い格子の障子窓   
            
鮮やかな色彩で風景が描かれた襖の上には透かし彫の欄間

見上げた竿縁天井には照明器具が一つも無い

顔を覗き込むのは、還暦前と思われる銀杏髷の男と丸髷の女

  

  
 ────どこだ、ここ……時代劇の撮影? どうしてこんなところにいるんだっけ。
 
 
 目を閉じると、脳裏にちらつくのは最後に見た光景。出来事が断片的に浮かび、やがて記憶はその日の朝へと急速に逆再生を始めた。


 ──── そうだ。いつの朝なのかははっきりしない。けれど確かに俺は、所属する芸能事務所の社長に初めてのオファーがあったことを告げられ、その仕事先から逃げて十一月の冷たい川に飛び込んだんだ────


  ***


  「おめでとう悠理ゆうり。初オファーだ」
 
 の朝。社長は古びたソファーに座り、神妙な面持ちで言った。

  「やっ、たぁぁぁぁアアアア!! って、なんでそんな顔? やっと来た初オファーだよ? 菊川プロダクション秘蔵タレント、鏑木悠理かぶらぎゆうり十九歳、のデビュー作になるかもなんでしょ? もっと喜んでよ」

 高校を中退して家を飛び出し、芸能事務所の門を叩いた俺。もちろん華々しくデビュー! なんて夢のまた夢で、このニ年エキストラか、お情けでもらった端役しかったことがない。

 菊川プロダクションの所属タレントは俺含めて三人。いずれも端役で、生計はアルバイトで立てている先輩ニ人に、マネージャーと雑用も兼ねる社長。そんな弱小事務所ではプロモーションもままならない。

 それでも、家出同然で路頭に迷っていた未成年の俺を拾ってくれて、母親を説得した上、住まいを兼ねる事務所に一緒に住まわせてくれている社長には感謝しかない。
 いつか芸能界でナンバーワンになって、事務所を潤わせてやるからなと熱い闘志を胸に抱いているのだ。

 だから初オファーなんて言われたら喜ぶに決まってんじゃん。社長だってそうだと思ってたのに。
 
  「いや、喜んでるよ。ただ、この仕事は過酷だ。いいか、悠理。絶対に逃げるんじゃないぞ。これがポシャったらお前は、いや、この事務所はもう終わりだ」
 そう言った社長の顔は心なしか青ざめて見える。

  「ええ? なに、それ。熱湯に飛び込むとかクマと闘うとかじゃないよね?」

  「ああ、ドラマだ……セントラルプロモーションの権藤さんからのご指名だ」

  「権藤さん? ほんとに? 大御所じゃん。これは確かに失敗できないね。で、俺どうしたらいいの?」
 
 権藤さんといえば、強靭な肉体に凄みのある演技が定評で、極道物や時代劇の敵の親玉役として必ず名前が上がる有名俳優だ。そんな人からのご指名……前に権藤さんにられるチンピラの役Bで出た時に俺の可能性を見出したか……。

  「十時にセントラルに呼ばれてる。台本ホン読みをして最終的に決めたいそうだ」

  「うっわ、本格的。わかった。社長、俺絶対役を取ってくるから。もう時間がないから行くね!」
 俺は、意気揚々と事務所を飛び出し、駆け出した。

  「おい、待て悠理。権藤さんは……!」

 背中に社長の声は届いていたけれど、俺の頭の中は花畑になって浮かれまくっていたんだ。

 俺は社長の言葉もドラマの内容も確認せず、セントラルプロへと向かったのだった。


 ***


 セントラルプロモーションに着くと、権藤さんのマネージャーだと名乗る中年女性が俺を出迎え、頭の上から足の先まで視線を巡らせ確認した。
  「鏑木悠理さん、ね。どうぞ」

 案内されたのは事務所の一室。小綺麗なビジネスホテルのシングルルームを思わせる部屋だった。

  「権藤は貴方の用意ができ次第スタンバイしますので、シャワーを済ませたらこちらを着てお待ち下さい」
 扉が開かれたバスルームの前で渡されたのは、フカフカのバスローブ。

「シャワー? バスローブ? 台本読みをするのに? ですか?」

  「ご確認はされてのことかと。隅々まで清潔になさって下さいね。では」
 マネージャーは事務的に言うと一礼して去っていった。

 ご確認されてのことかと、と言われたらやるしかない。仕事内容の確認を怠ったことがバレてしまう。権藤さんがいたく潔癖だから、ってことかもしれないし、ペーペーの俺が知らないだけで、台本読みの前のシャワーは今やギョーカイの常識なのかもしれない。 
 いや、それより食事や風呂にも入れないくらいに集中するから先に済ませとけってことかも。

 俺はいつもの二倍増し、体を丁寧に洗った。シャワーの熱い湯は闘志をより湧き立たせ、自分にとってもみそぎのようなものに感じた。

  「よしっ」
 バスローブに身を包み、濡れた髪を整える。乾かしておいた方がいいかな、とドライヤーを手に取ったところでインターフォンが鳴った。

 権藤さんだ……!

 慌てて部屋のドアを開けに走る。
  「権藤さん! このたびはご指名ありがとうございます! 鏑木悠理です。今日はよろしくお願いいたします!」

  「ああ、とりあえず中に入れてくれ」

  「は、はいっ。失礼しました! どうぞこちらへ!」
 俺の部屋じゃないのにおかしいけど、他に言葉も見当たらない。とにかく失礼がないように、だ。

 ──しかし凄い威圧感……。

 権藤さんは強面に百九十センチ近い背丈、筋肉がシャツの上からでもわかるほどに鍛えられた体をしている。確か還暦になると聞いているけど、年齢を全く感じさせない姿はさすが敵役OF敵役。ラスボス感半端ない。

  圧倒された俺が直立していると、権藤さんはベッドに腰掛けるよう顎で促した。
  「さっそくヤろうか」

 挨拶もそこそこにもう台本ホン読みか。さすが権藤さん。気合いが違う。

  「は、はい! 宜しくお願いします!」
 俺は鼻息も荒くベッドに腰掛けた。

 でもそういえば台本は……権藤さんを見上げるその途中、権藤さんの体が俺に被さった。

 
 えええ? なんだ、これ─────。
    
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