枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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枕営業? ウソだろ?

ここは花街 陰間茶屋「華屋」

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 与えられた情報を処理できないまま、大口を開けてその場に立ちつくす俺を、銀杏髷した社長似の男と、丸髷に髪を結った女がいぶかしげに見ている。

  「やっぱり死にかけたからおかしくなっちまったんじゃないかい?」

  「参ったなァ。上玉らしく見えたから連れ帰ってやったのに、頭がイカれてるんじゃ使えねぇ。あのまま土左衛門にしときゃ良かったよ」

 ヒソヒソと話してるつもりだろうけど 聞こえている。なにがおかしい、イカれてる、土左衛門だよ。あんなことがあってこんなことになってんだ。挙動不審にもなるでしょうよ。

  ……でも落ち着け。ひとまず頭を整理しよう。

 俺は無い脳ミソに酸素を送り、精一杯の可能性を並べた。

 川に飛び込んで……死にかけて……目覚めたら江戸……? 夢にしては状況がリアルすぎる。なら、一概に言うとタイムリープってやつ? もしくは転生?
 江戸で生まれた記憶はないけど、川で溺れたのは確からしいからそのショックで過去を忘れている? いや、直前の記憶はあるわけだからタイムリープ説が濃厚か。
  いやいや、まさかそんな漫画やドラマみたいなことあるわけ……夢、夢で行こう。
 目覚めろ、俺!!

 バチンッ。
 両手で頬を叩いてみる。痛いだけでなにも変わらない。

 つねる……痛い。だけど確かに痛いのに目覚めない。夢じゃ……ないのか?? いや、もう一度叩いてつねってみるんだ。


「あの子、なにやってんだい」
「知らねぇよ。よっぽどイカれてるのか?」
 二人の顔が、いぶかしさから厄介者を見る目に変わってくる。


  まずい。最悪、夢じゃないとして、残る二択のタイムリープでも転生でも、今ここから追い出されては状況は悪くなる一方だと野生のカンが働いた。

 とにかく枕営業から逃げられたのは確実だとして。それでもこんな知らない場所では一人では生きていけない。元の場所に帰る方法を見つけながらどうにかして生き延びないと……。


 コホン、と咳払いをして、着せてもらったらしい浴衣を正し、時代劇のエキストラで習った屈膝座法で二人に向き合う。
  「少々混乱していましたそうろう。助けて頂いたお礼も申さず失礼つかまつりました。拙者、鏑木悠理と申すもの。そなた達はなにすやつじゃ」

 よし、決まった……あれ? なんか余計に変な顔してる? 渾身の時代劇言葉を寄せ集めてみたんだけど違った? 俺、時代劇のエキストラで所作はちょっと教わったけど、台詞はなかったからイマイチわかってないんだよね。

  丸髷女は憐れみの目を俺に向けて、大きくため息をついた。
  「……やっぱり頭が弱いんだねぇ。可哀想に。貧乏に頭がこれときたら死にたくもなるのもわかるよ。顔はイイだけにもったいないけど、これじゃウチみたいな高級茶屋じゃ使えないよ。アンタ、外れの茶屋にでも連れて行ってやんなよ」
 最後には頭を振り振り、話を銀杏髷男に振る。

 茶屋……茶屋……? カフェってこと?

  「しかしなあ、保科様にも頼まれてんだよ。最初にコイツの息があるのを見つけたのが保科様でさ。世話してやってくれ、って」
  「アンタ、先にソレを言いなよ。保科様が噛んでるなら無下にできないじゃないか」

 ホシナサマ?

  俺がキョトンとしていると、二人の目線とぶつかった。

  「……アンタ、ちょっと脱いでみな」
  だし抜けに丸髷女が言った。

  「へァ?」

  「着替えさせたのはうちの金剛まわしなんだ。肌質が見事だと聞いたよ。ほら、おん出されたくなかったら早くしな。アタシは気が短いんだよ」

 なんだかわかんないし、上からな物言いに腹も立つけど、体を見て納得すんなら見やがれ! こちとら中学の頃から欲しいものも我慢して、貯めてきた金でほぼ全身脱毛も全身トリートメントも済んでるんだから! どんなモデルの仕事もこなす為にね! ……やったことないけど。

 どうだ! 浴衣の上半分を脱いでモデルポーズを取る。

  「下もだよ」

  「ひゃあああ」

 丸髷女に帯を取られ、時代劇みたいに、いや、そのものか……くるん、と体を回され身ぐるみ剥がされる。最後には下半身に巻かれていた布まで取られた。

 え、俺、ふんどし履かされてたの?

  「へぇぇ、確かにこれは上玉だ」
 生まれたままの姿になった俺をじっくりと品定めする四つの目玉。

  「毛がほとんどないじゃないか。下の毛なんか綺麗な形に揃って……毛穴も見えない。どういうことだ」
 銀杏髷男が腕組みをして感心する。

 近い近い近い。そんなに寄るな。

  「ここはどうなんだい」
 丸髷女が俺の小尻に手をかけ、両方に開いた。

  「ぎゃっ」

  「ここまで毛がないよ。綺麗な菊座じゃないか。ひぃ、ふぅ、みぃ……皺も四十八本揃ってる。間違いない、上玉だ」

「な、な、なにするんだ、痴女かよ!」
 丸髷女の手を振り切り、急いで浴衣をかぶる。
  「あんたら、なんなんだ! なんでこんなトコ見られなきゃならないんだ!」
 お尻、お尻の穴なんて、屈辱的だ~!

  「アンタ、歳は幾つだい」

 ちょっと、話、聞こえてる!? と思いつつ答えてしまう、素直さが売りの俺。

「十九だよ! ピッチピチの!」

 途端に二人はがっかりした顔をした。丸髷女はまたもや、わざとらしいくらいのため息をつく。

「じゅうく……もうが立ってるじゃないか……」

 とうがたってるだって?
  「どこが! まだ未成年だよ? 外見の手入れは怠ってないし、体もめちゃくちゃ動くんだから!」

 俺の反論に銀杏髷の方がウーンと唸る。
  「この世界、陰間かげまは長くて二十迄だ。十九じゃ先がねぇ。でも……お前、なにか芸はできるのか?」

  「芸? 歌とか、ダンス……踊りは得意だし、ギター……しゃ、三味線も多分できる!」

「かげま」がなにかも、話の流れも掴めないけど、自己アピールが必要なことだけはわかる。
 俺は芸能事務所の面接にでも来たかのように必死になった。

  「ふーむ。なあ、お菊。コイツなら歳は誤魔化せるだろ。肌も顔もわらしのようだし、十六くらいで売り出せば……」

  「まあ、確かにね。この華屋でイカサマはしたくないけど、せっかくだから使ってみようか。ダメなら下働きでもさせれば保科様にも顔が立つだろ」

「????」
 売り出し? やっぱり話が全く見えない。

  「アンタ、名前は」

  「ゆ、悠理」

  「変わった名前だねえ、まあいいさ。ゆうり、今日から性根入れて鍛錬しな。ここはお江戸花街、高級陰間茶屋の華屋はなやだ!」

 はなまち。こーきゅーちゃや。

 バカな俺でも理解した。ここはカフェなんかじゃない。映画で見た、吉原みたいな所だ。
 ……って、俺、男だけど……。

 そして俺はこのあと、陰間について知ることになる。
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