枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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永遠の約束

祝宴

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  約三ヶ月に渡って上演された、見世華屋での俺の最後の演目は「大捕物劇」だった。
  これは、宗光の件を逆手に取った演目だった。

  宗光の事件は本人自身が罪を犯したわけではなくとも、やはり民衆の心象を悪くし、夫婦契約を交わしていた俺や華屋への影響がそれなりにはあった。
  しかし、華屋の首脳陣はただでは転ばない。

 「華屋柳の下恋扉」と題された演目は、吉原の花魁とその馴染み客の男の恋模様から始まる。

  二人はいつかは本物の夫婦になろうと約束を交わす仲だったのだが、実は男は盗人で、登楼のたびに盗みを働いている不届き者だったのだ。

  気づいた花魁は最初こそ嘆き悲しむものの、愛憎は表裏一体。馬鹿にされた仕返しは取ってやる、と手練手管で男を骨抜きにしようとする。

  しかし、男はそれに気づいてその上を行く行動を取り、二人のねやはまるで色欲合戦、どっちがどっちを落とせるか、のコメディ調で話は進む。

  最後には互いに腹のうちを見せ合い、遊郭のみならず、吉原全体を巻き込んでの大騒動の大捕物劇が繰り広げられ、男はとうとうお縄になるという勧善懲悪の内容で、これまで悲恋物の上演が多かった華屋見世でも客を大いに沸かせた。

  しとやかなだけではない破天荒な花魁の役は俺に合っていたのか、演じるのがとても楽しく、自身でもでも大満足で最後の舞台を務め上げることができた。



 「百合、最高だったよ。まんま百合だもんな、あの役。あの足蹴りは歴史に残るよ」

  俺が陰間茶屋華屋で過ごす最後の日。華屋では舞台成功の宴と俺の送別会が催され、俺の横にはひいらぎがいた。

「褒め言葉としてもらっとくよ」
  俺が言うと、柊は「ははは」と陽気に笑った。そして急にしんみりとしだす。

  「あの百合がね……ほんと、あの百合が。仕事を蔑んでさ、そのくせ恵まれてて、いっつも脳天気に生きてて、糞喰らえ、って本気で思ってたよ」

  華屋に入ったばかりの頃を思い出す。
  あの頃、柊はなずなと呼ばれる若草のリーダーで、器量が良くないから上へは上がれないと、特別待遇の俺を目の敵みたいにしていた。
  でも、ひたむきで性根がまっすぐだったから、なんだかんだと俺の世話を焼いてくれたんだよなぁ。

  「柊、ありがとね。意地悪もされたけど、俺、柊が尻を叩いてくれなきゃずっと駄目なままだったかもしんない」

「意地悪……まぁ、否定はできないけどさ。それより百合、その言葉。華屋で過ごして三年、大華にまでなったのにいつまで故郷さとの言葉を話すんだい。市山座に入ったら気をつけなよ? ……そういえば百合の故郷ってどこなんだい?」

  「え、故郷? 故郷は……」

  口ごもったところで、反対隣にいた女将が泣きながら抱きついてきた。
  「百合~。とうとう明日いなくなるんだねぇ。市山座や楓に迷惑掛けんじゃないよ。アタシはアンタが心配で心配でたまんないよ」

  出た、泣き上戸。しかもその言い草。今までに上がった陰間達へのベタ褒めとは偉い違いじゃない?
「女将さん、もう大丈夫だって。これまで散々悩んで迷ってきたんだ。もう俺はぶれないからさ」

「なに言ってんだい。大口叩きの百合が。お前は中身が子供のままだから、アタシは……」
  とうとう大泣きする女将。隣では旦那までもが涙を拭っていて、俺は目玉が飛び出るほどに驚いた。明日は天変地異でも起きるんじゃない!?

「ちょ、ちょ、旦那。やめてよ。逆に怖いよ。華屋には時々遊びに来るからさ。そんな泣かないでよ」
「うっせぇ、刺し身のわさびが染みたんだよ。誰がお前なんかのことで泣くってんだ」

  旦那が唾を飛ばしながら俺につっかかり、最後は女将と二人、羽交い締め同様に抱きつくもんだから、華屋の陰間達は大口開けて笑って自分達もと立ち上がり、おしくらまんじゅうみたいに俺を取り囲んだ。

「もう~~! みんな、苦しいってば!」
  ──でも、あったかいな。みんなの愛情が体に流れ込んでくる。
  ねぇ、権さん。俺、ここに居られて良かった。

  あの日、川に飛び込んで目が覚めたら江戸時代。華屋の広間に寝かされてて、わけもわからず始まった陰間と芸子の生活。
  ほんとに色々あったけど、それらは俺を強くした。だから俺はもう一人でも平気だ……だって、心は一人じゃない。

  今日最後の舞台にも様々な人達が駆けつけてくれた。
  楓は勿論、照芳様に小山内様。牡丹に増大寺様達。藤江様に、これまでお客になってくれた人達。

  そして……保科様に蘭。
  保科様は江戸と上方にとどまらず、全国を飛び回って精力的にお仕事をされている為に、ほとんどお会いできないけれど、見世にいらっしゃる時には蘭と二人、必ず揃って来て下さっている。

  蘭は名も姿も華屋に来る以前のものに戻し、様々な勉強にも励んでいるようで、毎日が充実しているのだとわかるくらい生き生きしていた。陰間や妾としてではなく、たった一人の人間として大切に……保科様に愛されているのだろう。

  そんな二人が仲睦まじそうに寄り添う姿を見ると、苦いような甘いような唾液が喉に上がってはくる。

  でも、保科様も蘭も皆も、天国の権さんだって……たくさんの人が俺を支えてくれてるって実感があるから、その支えに報いたいと思うし頑張れる。
  宗光との別れを経て、愛を請うばかりだった俺でも少しだけど変われたんだ。これからは、俺が皆に気持ちを届けたい。

  それに、大蛇姫の初音が新しい人生を手にしたように、きっと俺にも新たな道と出会いが待っていて、未来さきの世界を彩ってくれるだろう。
  出会いのあとには別れがあるのだとしても、過ごした日々は消えはしない。人との出会いは、全て宝物だ。



  祝宴はいつまでも続き、そのまま酔い潰れている金剛や陰間を残して、俺はそっと広間を出た。
  明日は早くに華屋を出て、権さんが最後に住んでいた家に移り、そのあとすぐに市山座に挨拶に出向く予定だからだ。酒と睡眠不足で、だらけた顔にはなれないもの。


  大華部屋に戻り、荷物をもう一度確認する。
  部屋にはもう、陰間生活に必要なものはほとんど残っていない。大方は下の子に譲った。

  衣紋掛には以前宗光が送ってくれた黒の羽織が、まとめた荷物の中には保科様や藤江様から頂いた羽織や長着も入っている。

  明日からは俺も、舞台以外ではずっと男の格好をして生活するのだ。
  
 けど、それがまた、未だに女子の男装バージョンみたいなんだよなぁ。武士でもないから髷も結わないしね……。
  まあ、そのうち見慣れるだろう。

  衣紋掛けの羽織に触れる。
  宗光とはあれから連絡は取ってはいないけれど、元気にやっているらしいと保科様のいつかの話から聞き取れた。
  与えてくれた愛情をあんなふうに無下にした俺に「幸せになれ」と言ってくれた宗光……ありがとう、宗光。宗光も幸せになりますように。宗光に、本当の暖かい家族ができますように。そして、いつか……いつかは江戸だけじゃなく、日本全国で名の立つ女形になった俺で、宗光に再会できますように。

 「あとは布団と鏡を弥助さんに運んでもらうだけで大丈夫かな。あ! 鏡の中のもの、出してないや」

  陰間が使う鏡台も、大抵は馴染み客からもらうのだけど、俺のは姿見みたいに鏡面が大きくて、その下には四十センチ幅くらいの細工引き出しが二段付いている上等品だった。  
  中には簪や櫛、きれいな生地の手拭いなんかを入れているけど、ほとんど使わないものが多かった。

  「これも誰かにあげよう……あ……」

  二段目の引き出しの手前に、百合の細工のかんざし。浅草で宗光を待つあいだに保科様が買って下さったもの……頂いてからずっと隠したままで……でも、結局保科様にとっては深い意味のない贈り物だったんだろう。

  そしてさらにその奥。
  白い正絹の布に包んだ重量のあるもの……ずっと奥底にしまいこんでいた、百合の花を形どった刀のつば

  ────保科様から頂いた鍔……。
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